尖閣諸島の領有権問題


研究ノート
現代国際法における領域権原についての一考察

                深町朋子

原文は以下にあります。
https://qir.kyushu-u.ac.jp/dspace/bitstream/2324/1997/4/KJ00000692601-00001.
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   はじめに
    一 伝統的な領域取得の理論
        (一) 領域権原の性質
        (二) 領域権原取得の方式
        (三) 各方式の検討
    二 領域権原の新しい捉え方
        (一) 判例の分析と伝統的理論の限界
        (二) 紛争解決における領域権原
        (三) 考慮されるゥ要素
        (四) 領域権原の相対性
   おわりに





   はじめに

 国家の成立要件として、一般に、領域、国民、実効的な政府の三つが挙げられるよう
に、領域は国家の存在にとって不可欠の要素である(1)。もっとも、軍事衛星を用いた戦
略さえもが可能となった現代社会においては、領域の確保が国家の安全を保証するとい
う状況ではなくなっており、安全のためのシェルターとしての領域の機能が(2)、以前に較
べて低下していることは否めない。だからといって、領域に対する国家の関心が薄れてき
たかといえば、そうではない。科学技術の飛躍的な発達は同時に、資源開発などを含
む、領域の新たな利用可能性も提示した。さらに、民族自決と経済主権の主張が展開さ
れ、新海洋法秩序の成立により大陸棚および排他的経済水域に対する主権的権利が
認められた結果、それらの権利の基盤となる領域の重要性が、ますます高まっているの
もまた事実である(3)。こうした領域への高い関心は、領域をめぐる既存の紛争の再燃や
新たな紛争の惹起と、容易に結び付く危険性を常にはらんでいる(4)。
 伝統的な国際法理論では、領域変動に関する問題は、「領域権原(territorial title)の取
得」という枠組の中で論じられる。すなわち、一定地域に領域主権を有効に設定するに
は、割譲や先占といった、あらかじめ認められた権原取得方式のうちのいずれかに拠ら
ねばならない。ただし、その要件を満たせば即座に、対世的効力を持つ権原を収得する
ことができる。よって、紛争が生じた場合には、どちらの当事国が自らの主張する権原に
ついての取得要件を完全に満たしたのか、が問題とされることになる。こうして、伝統的
理論における議論はもっばら、権原としてなにが挙げられるか、またそれぞれの権原は
いかなる要件を必要とするか、という点をめぐってなされてきた。
 ところが、近年のイギリスを中心に展開されている議論では、以上のような伝統的な方
式とは異なった考え方が示されている。すなわち、ブラウンリーや、ジェニングス=ワッツ
が領域権原を扱う方法は、ローマ法のアナロジーに基づく各取得方式の説明に止まって
いない。こうした理論が登場する背景となったのは、一九二年年のパルマス島事件判決
を契機として、その後の諸々の国際裁判で見られる領域紛争の扱い方であると考えられ
る。
 伝統的な取得方式論への疑問は、現代における領域移転の最も主要な形態である新
国家成立の場合について、その領域取得がどのようにして行われるのかを説明してこな
かったという点からも出されている (5)。従来の国際法は、既存国家間の領域移転につ
いては一連の取得方式を規定してきたのに対して、新国家形成に伴う領域変動にはほと
んど無関心といってよい状態であった。すなわち、新国家の成立にあたっては一般に、そ
こで生じる領域の取得や移転よりも、新しい国際法主体の発生という点が重視きれる。
その結果、領域変動は国内管轄事項の枠内で行われてしまうものであって、国家承認に
より、いわば既成の事実を追認する形で、新国家の領域も国際法的に認められると解さ
れてきた。ところが今日では、国連の信託統治や非自治地域の制度を通じて、新国家成
立について早期に国際法が関与する状況が生じるとともに、国際法人格も必ずしも国家
に限定されない。そこで、新国家成立に伴って生じる領域をめぐる紛争を解決するため
に、承認以前の当該地域の歴史に着目し、新国家の形成段階における一定の事実に対
して、領域権原を創設する効果を認めていくことの合理性、必要性が指摘きれている。
 このような理論状況が存在するにも拘らず、わが国の領域に関する文献では、多くの
場合、領域権原は依然として伝統的な取得方式の分類により説明されており、前述のよ
うな批判や新しい考え方について、十分に考察されているとはいいがたい。もとよりわが
国における領域研究は、北方領土や竹島問題といった個別事例を扱ったものは非常に
多いものの、領域に関する、もっと抽象的な、いわば基礎理論は、教科書のような総論
的なもの以外では、あまり詳しく論じられていないように見受けられる。いうまでもなく、国
際法において領域をテーマとするときに、実際の事例への適用を無視した理論は無意味
である。また、なによりも本稿でとりあげる領域権原の新しい捉え方そのものが、紛争解
決の視点を強く意識している。しかしながら、個別事例の問題は、必然的に非常に膨大
かつ複雑な事実の認定に関わるため、一度そこから離れて、様々な事実関係に埋没す
ることのない、一般的かつ基本的な国際法のルールとはなにかを考察することが、結局
はそれぞれの紛争の解決にも資するといえる。
 本稿の目的は、ジェニングス=ワッツの著作をてがかりとして、領域権原についての伝
統的な考え方の妥当範囲、新しい理論が打ち出されているとすればどのようなものか、
従来の方式との違いはどこにあるのかといった点を考察することにある。そのことによ
り、現代国際法ではどのようにして領域権原が確定されると考えられるのか、あるいは領
域権原論の構造がいかなるものか、という問題を考える一助としたい。以下においては、
まず伝統的な領域権原に関する理論を、領域権原の性質や、各々の取得方式の要件と
問題点という側面から概観する。ついで、パルマス島事件判決以後の判例の特徴を描写
した上で、領域権原についての新しい考え方を検討することにしたい。

(1) ただし、新国家成立の際に、すべての国境が確定している必要はないとされる。R.
Jennings&A.Watts(eds.) Oppenheim’s Intenational Law (Harlow,9th ed,1990), Vol,I : 
Peace,p.563,

(2) J. Gottmann, The Significance Of Territory(Virginia,1973),pp.1-15,

(3) 山本草二 『国際法[新版]』(有斐閣、−九九四)二七九頁。

(4) たとえば尖閣諸島については、一九六八年秋に行われた学術調査の結果、東シナ
海の大陸棚に石油資源が埋蔵されている可能性が指摘されたことが、中国側の同島に
対する関心を急速に高めた。太寿堂鼎「領土問題―北方領土・竹島・尖閣譜島の帰属」
ジュリ六四七(一九七七)五七−五八頁参照。

(5) R.Y.Jennings, The Acquision of Territory in International Law (Manchester,1963)
pp.7-12.



   一 伝統的な領域取得の理論

 (一) 領域権原の性質
 権原とは、ある権利を創設すると法が認める一定の事実であり、いかなる権利であれ、
その源たる権原を必要とす
る(1)。領域主権も例外ではなく、国家が一定地域に主権を有効に設定しまた行使する
ためには、領域権原を有していなければならない。すなわち、当該地域についての占有、
支配、施政といった国家活動の現実の表示のうち、国家領域への帰属と属地的な機能
の行使という法的効果が認められ、他国に対しても有効に対抗できる連結性を持つもの
として認定される事実、行為、事態の存在が必要となる(2)。とりわけ他国一般への対抗
力、つまり対世的(ergaomnes)な効力を持つことが権原の本質といわれ(3)、伝統的な国
際法理論では、領域権原取得のゥ方式のうち、いずれかの事件を満たせば即座に、対
世的効力を有する権原が取得されると考えられてきた。つまり、そこでは領域権原が、い
わば絶対的な性質のものとして理解されている。


 (二) 領域権原取得の方式
 「私法が最も深く植え付けられた国際法の分野は、陸地や海洋や領水に対する主権の
取得に関するものである(4)」とも指摘されるように、伝統的な領域取得の理論には、所
有権取得に関する私法、なかんずくローマ法の強い影響が見てとれる。それがとくに顕
著に現れているのが、法によってあらかじめ取得方式を限定するという、領域変動の規
律方法そのものである(5)。歴史的には、家産国家観が支配的であった国際法の黎明
期において、領域上の諸権利を土地に対する個人の権利に類似のものとして、ローマ法
上の諸原則が国家間関係にも適用されたのは、さして不自然ではなかった(6)。ところ
が、時代が下るにつれて、領域主権が私法
上の所有権とは区別される国際法独自の概念として確立し、国家による領域取得はす
なわち領域主権の取得を意味することとなった。それにも拘らず、領域変動に関しては、
「私法」的要素を残したままの「領域権原取得の方式」という理論枠組が、依然として維
持されてきたのである。
 ただし、具体的になにを取得方式とするかに関しては、国際法学者たちの間に、必ずし
も一致した見解が存在していたわけではない(7)。もっとも、ブラウンリーの指摘するところ
によれば、とくに英語によるスタンダードな教科書では、割譲、先占、添付、征服、時効の
五つの分類が多く行われている(8)。これらは、征服を除けば、すべてローマ法にも見ら
れる取得原因である(9)。そこで以下では、伝統的国際法における領域取得の具体的方
法とその問題点を明らかにするために、この分類に依拠して、五つの権原につき個別内
容を検討する(10)。
 なお伝統的理論では、前述のゥ権原を、さらにいくつかの基準により分類して説明する
ことが多い。なかでも、同じくローマ法に起源を持つ原始取得と承継取得の区別は、しば
しば採用されてきた。ところが、割譲が承継取得であることにはほぼ一致が見られるもの
の、その他の権原については、「原始」・「承継」をどのように定義するかにより、結論が
異なっている。たとえば原始収得の定義を、従前いずれの国家にも帰属していなかった
地域を自国領域に編入することとして、ローマ法と同様、そこに先占と時効をあてはめる
説がある(11)。一方で、「何人も所有しないものを与えることはない」という立場から、元
の主権国の権原に新しい主権国の権原が由来するか否か、すなわち新権原の有効性
が元の権原の有効性に依拠しているかを基準に、割譲のみを承継取得と分類するもの
もある(12)。そこで、このような区別は議論や混乱を生むだけで、実際的価値も不明確
なことから、むしろ不必要であるとも主張されている(13)。



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