尖閣諸島の領有権問題


中国国防動員法の制定


原文は  http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/pdf/02460005.pdf  にある


 外国の立法 246(2010.12)

国立国会図書館調査及び立法考査局




             中国国防動員法の制定


  海外立法情報調査室 宮尾 恵美


【目次】
はじめに

T 国防動員法制定の経緯
  1 国防動員制度の立法化の歩み
  2 国防動員法制定の背景
  3 審議の経過と論点 U 国防動員法の概要

U 国防動員法の概要
  1 国防法の動員に関する規定
  2 国防動員法の構成と概要

おわりに

翻訳:中華人民共和国国防動員法




_______________________________________________________________


はじめに

 2010年 2 月26日、中華人民共和国国防動員法(以下「国防動員法」)が、第11期全国
人民代表大会(以下「全人代」)常務委員会第13回会議において賛成157、反対 1 、棄
権 1 で採択さ れ、同日の公布を経て同年 7 月 1 日に施行された。国防動員法は1998
年12月に、第 9 期全人代常務委員会立法計画に組み入れられ、2000年 9月に起草を
開始しており、起草から制定まで約10年の年月がかかっている。さらに、今回の国防動
員法の内容に直接つながるものではなかったと思われるが、国防動員(1)の法制化への
試みは1980年代にまでさかのぼり、その時代を含めると立法に至るまで30年近い年月
を要したことになる。

1978年12月の中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議以後「法治」が強調される
ようになり、各領域での法制化が進められたが、軍事分野の法制化については、当初あ
まり進展がなかった。法制化を進める契機となったのは1982年12月の82年憲法の公布
で、憲法において国防と武装力(2)の建設についての基本原則(3)が確立し、軍事法制の
根拠が与えられたとされる(4)。その後法制化のための制度が徐々に整備された。例え
ば、1988年 6 月に、軍事立法の企画、法規の起草、関係部署との調整等を主な任務と
する中央軍事委員会法制局が設立されたこと、1990年に中国人民解放軍立法手続暫
定条例が制定されたこと、1991年の中央軍事委員会拡大会議において、「法により軍を
治める」という方針の貫徹が決定されたこと、2000年に制定された立法法において、軍
隊が単独で軍事立法を行うという状態から脱して、国の立法という枠の中に置かれるよ
うになったこと等である。

 1984年に兵役法の大幅な改正が行われ、1988年に中国人民解放軍将校階級条例と
中国人民解放軍現役将校服務条例が制定された。その後1989年に江沢民が中央軍事
委員会主席に就任した後の法制化は特に目覚ましく(5)1990年には軍事施設保護法が
制定されたほか、中国人民解放軍軍事訓練条例等の建国後最多となる16件の法規が
定められた。その後もこの流れは変わらず、法律に限っても、予備役将校法(1995年)、
香港特別行政区駐軍法(1996年)、防空法(1996年 )、国防法(1997 年 )、現役将校法
(6)(2000年)、国防教育法(2001年)が定められ、兵役法の改正(1998年)も行われてい
る。1997年制定の国防法は、憲法に基づいた国防の基本法で、上述の国防教育法や兵
役法は国防法に基づき制定または改正されている。国防法は国防動員に関しても原則
的な規定を定めており、今回の国防動員法の制定は一連の国防関連法の整備の流れ
の中に位置づけられよう。

 本稿では、国防動員法の制定までの経緯、審議の争点、同法の概要について紹介し、
参考として国防動員法を訳出する。




_____________________【注】______________________

(1)  国防動員とは、「国家あるいは政治的集団が平時体制から戦時体制に移行し、戦
争に必要な人力・物資・財力 などの調達を統一的に行うためにとる措置および行動」で、
「「武装力動員」「国民経済動員」「人民防空動員」 および「政治動員」などに区分され
る。」(上田篤盛「動員」茅原郁生編『中国軍事用語事典』蒼蒼社,2006, p.335.)

(2)  原語では「武装力量」。武装兵力、武装力量、武装組織等とも訳される。国防法第
22条では、中国の武装力は 中国人民解放軍の現役部隊、予備役部隊、中国人民武装
警察部隊及び民兵により構成されるとしている。

(3)  憲法第29条は武装力について「中華人民共和国の武装力は人民に属する。その任
務は、国防を強固にし、侵 略に抵抗し、祖国を防衛し、人民の平和な労働を防衛し、国
家の建設事業に参加し、人民への奉仕に努めるこ とである。国家は、武装力の革命化、
現代化、正規化の建設を強め、国防力を増強する。」と規定している。ま た第55条では
「祖国を防衛し、侵略に抵抗することは、中華人民共和国のすべての公民の神聖な責務
である。 法律に従って兵役に服し、民兵組織に参加することは、中華人民共和国公民の
光栄ある義務である。」と国民の 国防義務について規定している。条文の翻訳は杉田賢
治・全理其「中華人民共和国憲法」阿部照哉・畑博行編『世 界の憲法集(第 4 版)』有信
堂高文社,2009, pp.250, 252. による。

(4)  ?耿・?守学「新中国?事法制建?的??回?」『西安政治学院学?』22巻 5 期,2009.10, 
p.37.

(5)  平松茂雄「中国「国防法」を解剖する」『東亜』360号,1997. 6 , pp.42-43.

(6)  1988年制定の中国人民解放軍現役将校服務条例を廃止し、改めて上位の法律と
して制定したもの。

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T 国防動員法制定の経緯


1 国防動員制度の立法化の歩み

 1978年の中国共産党第11期中央委員会第 3回全体会議以降、中国は社会主義の近
代化建設に力を集中するという大転換を行い、軍も「経済建設を優先する大局に従う国
防建設」の方針のもとで近代化を進め、量から質への路線に転換し、大規模な兵力削減
を実施してきた。兵力削減を補うものとして予備役?による動員が必要となり、1955年に
導入されたもののその後一旦廃止された予備役制度を1980年代に再度復活させてい
る。また、1984年の兵役法改正?についても、その意義は単に近代化を図るだけでなく、
「常備軍の数には制限があり、戦時において部隊を編成・拡大するために、後備力の建
設を強化し、戦時に速やかに動員できる体制を確立することにある。平時は少ない兵を
維持し、戦時には多くの兵を確保するための重要な戦略措置であり、国防建設と経済建
設に対し大きな意義を有するもの」?と説明されている。

 こうした流れの中で、国防動員制度の立法化が、1980年の第5期全人代第3回会議及
び1983年の第6期全人代第 1 回会議において提案された(10)その提案に基づき、1984
年7月に、国務院及び中央軍事委員会の許可を得て、国家経済委員会、中央軍事委員
会の総参謀部及び総後勤部を中心とした国家戦争動員条例起草指導グループが成立
し、国家戦争動員条例案(後に国防動員法案と改称(11))の起草を開始した。この時期
に起草が開始されたことには1982年のフォークランド紛争の影響があったという(12)。紛
争勃発直後に、イギリスが航行中の商船を軍事用に改装し活用したことで、戦争動員の
重要性について再認識するようになり、立法化への動きを促したといわれる。1987年に
国防動員法の草稿が完成したが、当時の対外開放政策を考慮し、突出した軍事立法を
公開するのは適当ではないという意見が出され、また当時は国防動員の業務を統括す
る機構がなく、立法化を進める上での技術的な問題もあり、結局この法案が表に出るこ
とはなかった。

 その後国防の法制化が進められる中で1994年11月に国家国防動員委員会(13) が設
置され、1997年には国防法が制定され、翌1998年12月の第9期全人代常務委員会立法
計画(14)国防動員法の制定が組み入れられた。2000年8月に国家国防動員委員会の許
可を得て国防動員法起草指導グループが設置され、2001年1月から起草業務が改めて
開始された。同グループは関連資料の収集、国外の国防動員の立法状況の調査、17の
省、自治区、直轄市及び40余りの地区級市、7つの軍区に対する実地調査を実施し、数
十回に及ぶ会議を開催した。また、関連機構及び専門家を組織して、国防動員立法の政
策性、理論性、専門性の問題について研究論証を行い、関係部門と協議を重ねた。こう
した基礎の上で草案を起草し、国と軍隊の関係部門、各省、自治区、直轄市の国防動員
委員会に草案を印刷配布し、意見を求め、その修正を行った。

 2005年11月に、草案は国家国防動員委員会の審議を経て、国務院、中央軍事委員会
に提出され、その後、国務院と中央軍事委員会の法制作業担当部門は、さらに関係部
門に意見を求め、草案の修正を繰り返した。2008年7月に中央軍事委員会が、同年12月
に国務院常務会議が、それぞれ草案を審議可決し、2009年1月に、正式に国防動員法
草案を全人代常務委員会の審議(15)にかけるべく提出された。

 2009年4月の第11期全人代常務委員会第8回会議において草案に対する第1回審議
が行われた。審議終了後の4月24日に、草案と草案説明が全人代のサイトに掲載され、
2009年5月31日まで一般公衆からの意見募集が行われた(16)。第2回審議は、12月の
第11期全人代常務委員会第12回会議において行われた。全人代法律委員会、全人代
常務委員会法制作業委員会は常務委員会の審議で提出された意見に基づき、7つの軍
区と関係する省、自治区、直轄市で調査を実施し、草案を修正した。2010年 2 月に第11
期全人代常務委員会第13回会議で第 3 回審議を行い、2月26日に採択された。





_____________________【注】______________________


(7)  兵役法によれば、予備役要員とは、民兵組織に編入されている者または登録を経
て予備役に服している者をいう。兵役に服する条件に合致する18歳から35歳の男子は、
現役に服している者を除き、すべて民兵組織に編入し予備役に服することになっている。
また、予備役登録の対象は退役軍人のほか、兵役登録をしているが民兵組織に未編入
の者などを含む。

(8)  兵役法の制定は1955年。1984年に、義務兵から義務兵と志願兵の結合への転
換、予備役要員の軍事訓練や戦時の兵員動員を規定するなど大幅な改正が加えられ
た。この改正兵役法は国防に関する最初の体系的法律とされる。その後1997年の国防
法制定を受け、その下位法として、1998年に改正されている。

(9)  楊得志中央軍事委員会兼人民解放軍参謀長の兵役法改正草案の説明。(間山克
彦「「兵役法」改正と中国の国防体制の変革」『防衛研究所紀要』3巻3 号,2001. 2 , p.
43.)
〈http://www.nids.go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin_j3-3_2.pdf〉以後、インターネット情
報はすべて2010年 9月30日現在である。

(10)  「国防??委?会?合?就《国防??法》答?者?」2010. 2 .27. 中国新?网
〈http://www.chinanews.com.cn/gn/news/2010/02-27/2142120.shtml〉

(11)  中国は武力による侵略を阻止するが主体的に戦争を起こさないという方針や国連
憲章の武力の不行使という規 定にも合致するよう、戦争という刺激的な言葉を避け国防
という用語を使ったという指摘もある。(?正?「从 国防??的概念演?看国防??立法的理
念」『西安政治学院学?』23卷 2 期,2010. 4 , p.79.)

(12) 「25?“??”一度?浅 国防??法首?立法程序」 南方网 2009. 4 .14
〈http://law.southcn.com/lfdt/content/2009-04/14/content_5063345.htm〉

(13)   国家国防動員委員会は、全国の国防動員業務についての調整機構。中国共産
党中央委員会、国務院及び中央軍事委員会の指導下にある。主要な任務は国防動員
業務の企画、国防動員における経済と軍事、軍隊と政府、人力と物資の関係を調整する
こと等である。同委員会の主任は国務院総理が兼任する。各軍区や省(自治区、直轄
市)から県級までの各人民政府には中央に対応する国防動員委員会が設けられ、当該
地域の動員業務に責任を負っている。(「国家国防??委?会」『中国?争??百科全?』?事科
学出版社,2003, p.258.を参照した。)

(14) 「九届全国人大常委会立法??」
〈http://www.e-cpcs.org/newsinfo.asp?Newsid=9232〉

(15)   立法法の第27条によれば、全人代常務委員会の審議による法律案は、原則、 3 
回の審議を経て表決に付さなければならない。第 1 回審議は、全体会議において提案
者の説明を聴取し、グループ別会議で初歩的な審議を行う。第2回審議は、全体会議に
おいて、法律委員会による草案の修正状況や主要な問題に関する報告を聴取し、グル
ープ別会議でさらなる審議を行う。第3回審議は、全体会議において、法律委員会の草案
に関する審議結果の報告を聴取し、グループ別会議で法律草案の修正稿に対して審議
を行う。常務委員会が法律案を審議するときには、必要に応じて、グループ合同会議ま
たは全体会議を開き、法律草案の主要な問題について討論を行うことができる。

(16)  この間、全人代のサイトである中国人大ネットには51人から417件の意見が寄せら
れた。ちなみに2010年 9 月 30日現在改正作業中の刑法第 8 次改正草案には1,221人
から7,848件、国民の関心が高い社会保険法草案には9,924人から68,208件の意見が寄
せられている。この数字から判断する限りでは、動員法についての国民の関心 は低か
ったといえよう。数字は以下のサイトによる。「已?束征求意?的法律草案」中国人大网
〈http://www.npc.gov.cn/npc/flcazqyj/node_8195.htm〉

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2 国防動員法制定の背景

 国防動員法の制定は国防関連法の整備の流れに位置づけられるとしても、その立法
化の必要性については、どのように説明されているのだろうか。

 国務委員で中央軍事委員会委員でもある梁光烈国防部長は、国防法の審議のための
草案説明の中で、国防動員法制定の背景として次の3つの要因を挙げている(17)。@国
防動員法の制定は国防動員立法の空白を埋め、中国の特色ある社会主義法律体系を
完全なものとし、国防動員業務に法的な根拠を与えるものである。A現在の世界は、平
和と発展が時代のテーマではあるが、局地的な衝突と問題がいつも起こっており、安全
に対する従来型の脅威と非従来型の脅威(18)が存在する。国家の安全は多くの課題に
直面しており、憂国の情と国防意識を強化しなければならない。国防動員法の制定は、
平時の動員準備と戦時の動員実施に法的な根拠を与え、平時から戦時に転換する能力
を高めるものである。B社会主義市場経済と社会事業の急速な発展により、国防動員業
務の置かれた社会環境に本質的な変化が起こった。過去においては、行政的手法によ
り国防動員を実施していたが、新しい状況ではこれを適用するのは困難で、法律を制定
し、経済社会発展の変化に適応した国防動員業務体制を築き、政府、公民及び組織の
国防動員活動における責任、義務と権利を規範化する必要がある。

 また、国防動員法が採択された直後に行われた報道発表(19)において、国防動員につ
いては、国防法等の関連法令が制定されているのに、なぜ国防動員に特化した固有の
法律を制定する必要があったのかという質問に対し、全人代常務委員会法制作業委員
会国家法室副主任の孫鎮平が、国防法は動員について原則的規定を定め、その後国防
動員についての規定を含む法令が制定されたが、国防動員に関する規定は分散してお
り、体系的な国防動員法を制定する必要があったとし、具体的に、次の 3 点の理由を挙
げている。@国防動員制度の構築を強化することは世界各国が普通に行っていることで
あり、中国にも中国の国情にあった、社会主義法律体系に位置付けられる国防動員法
の制定が必要である。A中国の国防の状況は安定しているが、従来型の脅威と非従来
型の脅威は依然として存在しており、それに備える必要がある。B国防動員の構築と経
済社会建設との調和のとれた発展、また突発性事件(後述)の応急システムと連携し、
平時、緊急時、戦時のそれぞれの段階に応じた国防動員の役割を果たす必要がある。

 こうした発言の背景には、国防は国民の義務であるとはいえ、経済発展に伴い国民の
価値観も意識も多様化し、その義務を課することがそれほど容易ではないという事情が
あると考えられる。若者の兵役忌避の傾向や兵役制度の矛盾等については、すでに
1998年の兵役法改正の背景として指摘されているが(20)、豊かになった中国社会では、
「兵役に服するというのは時代遅れとなり、国や公共の利益よりも個人の利益を重視す
る感覚が強まった」(21)、「多くの若者は軍事教練に嫌気がさしている」(22)という状況と
なり、国防動員を実施するために、それを強く義務付ける法律を制定することが必要にな
ったということではないかと思われる。

 また、中国は、周知のように地震や洪水等自然災害の多発国で、大きな被害がもたら
されることも多い。その他、チベット自治区や新疆ウイグル自治区での独立運動や過激
な集団抗議行動など社会の安全に係る問題も少なからず発生している。中国では、突然
発生し、社会に危害をもたらす可能性があり、緊急措置をとる必要のあるこれらの4つの
領域の事件(自然災害、事故災難、公共衛生事件及び社会の安全に係る事件)を突発
性事件と総称して、その防止や被害軽減を図るための危機管理対策を強化しており
(23)、事件発生時の対応体制や措置についての応急システムが形成されている。上述
の発言には、突発性事件への対応として、国防動員体制との連携をとるという意図が示
されている。「戦争勃発の可能性が低下して、それだけに動員の口実を戦争に求めるこ
とも困難になっている。代わりに国内で発生する「突発性事件」や自然災害のほうがより
説得力を持ちつつある。そして治安維持、災害対策が主張されるようになるのも当然で
ある。そうすると、今後形成が進められる国防動員体制が、国防と言いながらも戦争より
も危機管理体制がその中心的な内容にならざるをえない」(24) との指摘のとおり、自然
災害など国内の現実の危機への対応という役割も国防動員法制定の重要な要素と考え
られる。


_____________________【注】______________________

(17)   「三大原因“催生”国防??法」2009. 4 .21. 中国人大网
〈http://www.npc.gov.cn/huiyi/cwh/1108/2009-04/21/content_1498796.htm〉

(18)   従来型の脅威は外国からの侵略を、非従来型の脅威とは、テロ、自然災害、国内
暴動等をいう。

(19)  「全国人大常委会?公? 2 月26日新??布会」 中国人大网
〈http://www.npc.gov.cn/npc/zhibo/zzzb9/node_5847.htm〉

(20)  間山 前掲注?, p.47.

(21) 弓野正宏「第14章 中国の後備戦力の将来像」茅原郁生編著『中国の軍事力―
2020年の将来予測』蒼蒼社,2008, pp.645-646.

(22) 同上 p.667.

(23) 2007年 8 月30日に「突発性事件対応法」を公布、同年11月 1 日から施行し、事件
の防止、発生した場合の措置等について定めている。また、中央政府及び各地方政府レ
ベルでの、各種突発性事件に備えた応急準備計画等を制定している。

(24) 弓野 前掲注21, p.669.


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3 審議の経過と論点

「一般に中国の立法過程は情報の公開度が低く、詳細はいつも明らかにされない」(25) 
と言われており、国防動員法の審議の経過についても全貌が明らかにされているわけで
はない。しかし、審議における委員の発言のダイジェストが、全人代のサイトである中国
人大ネットの「国防動員法立法専題(26)」というページに掲載されており、審議の論点の
一端をうかがうことができる。次に、主要な論点について、草案の概要とそれに対しどの
ような発言があったかをまとめてみる。


(1)  第1回審議

2009年4月20日、第11回全人代常務委員会第8回会議において、梁光烈国防部長が国
務院と中央軍事委員会の委託を受けて、国防動員法制定の必要性、草案起草の経過を
紹介し、動員の指導体制等草案の主要な点について説明を行い(27)、翌4月21日のグル
ープ別会議で、草案の第1回審議が行われた。

(@)  総則について

 (a) 草案
 国防動員法制定の目的、適用範囲、動員発令の原則、平時と戦時との結合、軍需と民
需との結合(28)の方針等を規定している。

 (b) 発言
 @国防動員の意味について一般の国民がすべて理解しているわけではないので、そ
の定義を明確にすべきである。A立法の根拠法が記述されていない。国防法で定めた動
員制度を貫徹するための法律であるから、憲法及び国防法を根拠法としていることを加
えるべきである。B同法の調整範囲を明確にすべきである。国防動員の準備、実施及び
関連する活動に適用する(草案第2条)とされているが、準備に属するのはどのようなこと
か、動員発動初期に属することは何か等明確にすべきである。C突発性事件対応法(29)
等の関係についても記述すべきである。D軍民結合については、民間の資本を軍事プロ
ジェクトにどのように投入するかが重要であり、具体的に規定すべきである。


A 国防動員委員会の職務等について

 (a) 草案
 国家国防動員委員会は国務院及び中央軍事委員会の指導のもとに、全国の国防動
員業務を組織化し、指導し及び調整し、軍区と県級以上の地方人民政府の国防動員委
員会は当該地区の国防動員業務を組織化し、指導し及び調整する。国防動員委員会の
事務機関が国防動員委員会の日常業務を担当し、関連する国防動員の職務を履行す
る。国が国防動員を決定した後は、国務院、中央軍事委員会から授権された機関が国
防動員の実施を組織し、指揮する責任を負う。また県級以上の人民政府の関係部門は
各自の職務の範囲で国防動員を実施する。

 (b) 発言
 @国防動員委員会はすでに存在する機構であるが、その設置について規定した法律
はない。国防動員委員会の職務を記述する前に、「国及び県級以上の地方人民政府が
国防動員委員会を設置する」ことを明記すべきである。A国防動員委員会は調整機関に
すぎないので、国防動員を組織し指揮するためには、同委員会に授権する必要があり、
これを明記すべきである。草案の「国務院、中央軍事委員会から授権された機関」が何
なのかを明記すべきである。B地方人民政府と国防動員委員会の権限が重複しており、
各自の権限と相互の関係を明確にすべきである。

B 人口流動化の中での予備役要員の管理について

(a) 草案
 県級以上の地方人民政府兵役機関がその行政区域の予備役要員の確保業務を行う。
予備役要員は常住戸籍所在地を1か月以上離れるときは、予備役登録(30)を行った兵役
機関に報告しなければならない。動員実施の決定後には、予備役要員は常住戸籍所在
地の県級人民政府の兵役機関の許可がなければ、戸籍所在地を離れることはできな
い。

(b) 発言
 @常住戸籍所在地は法律用語として根拠があるか。戸籍所在地または経常居住地で
はないか。A予備役要員が常住戸籍所在地を1か月以上離れるときには、兵役機関に
報告しなければならないという規定は実施が困難であろう。農村から都市への人口流動
が 1 億人以上と言われ、その大部分が青壮年であり、かなりの部分が予備役要員とな
っている。これらの農民労働者が戸籍地を離れるときに関係機関に報告するという意識
と習慣を持たせるのは難しい。


C 国防勤務について

(a) 草案
 国防勤務とは、軍隊の作戦の支援、戦争災害の予防及び救助、社会秩序維持への協
力をいい、満18歳から満60歳までの男性と満18歳から満55歳までの女性は国防勤務の
義務がある。公民の国防勤務期間中は、所属する組織や企業等が給料や手当等を支
給し、所属する組織等がない者には、県級人民政府が支給する。

(b) 発言
 @国防勤務を義務付けられる男女に年齢の差があるが、分ける必要はない。A所属
機関が国防勤務者の給与等を負担することについて、特に企業の負担が大きく、政府の
財政で賄うべきである。


D 民生用資源の徴用及び補償について

 (a) 草案
 国防動員の実施が決定された後に、備蓄物資が動員の需要を満たすことができなくな
ったときには、県級以上の人民政府は、民生用資源を徴用(31)することができる。使用が
終わったときには、返却するが、滅失や経済的損害があった場合には、補償する。

 (b) 発言
 @徴用の手順や補償をどの程度まで行うのか等詳細を決める必要がある。A憲法及
び物権法は、「国は、必要に応じて民生用資源を徴用又は収用(32)することができる」と
定めており、国防動員法もそれらに合わせて、徴用だけでなく収用についても言及すべ
きである。



(2) 第2回審議

 2009年12月22日から23日の第11回全人代常務委員会第12回会議において、第2回
の草案審議が行われた。審議の経過は次のとおりであった。

12月22日午前、全人代法律委員会副主任か ら、草案の修正状況に関する報告(33) が
行われ た。報告によれば、5月の会議以降、同委員会は関係機関等からの意見聴取等
を行い、また常 務委員会委員やその他の部門からの指摘を受け、草案に対し次のよう
ないくつかの修正を行った。@国防動員の構築の目標を明確にすべきという指摘を受
け、「国は国防動員の構築を強化し、国防動員体系を完全なものにする」という規定を追
加した。A国防法の規定に基づき、全国の国防動員業務は国務院及び中央軍事委員会
が共同で指導することを明確にすべきであるという意見を検討し、修正を行った。B緊急
時においては、国務院と中央軍事委員会は、全人代常務委員会の決定前に国防動員措
置をとることができるという規定について、国防動員の措置、特にいくつかの措置は公民
及び組織の権利の制限に関わるので、慎重に採用すべきであるという意見があった。こ
れについては、「この法律が規定する国防動員措置」という部分を、「この法律が規定す
る必要な国防動員措置」と修正した。C「国が国防動員を決定した後は、国務院、中央
軍事委員会から授権された機関が国防動員の実施を組織し、指揮する責任を負う」とい
う規定については、その体制が複雑であるため、規定を定めなくても良いのではないかと
いう意見が出され、当該規定を削除した。D国防動員体制のシステムと突発性事件への
対応体制のシステムとの関係を明確にすべきという意見があり「国防動員実施準備計画
の策定は、指揮、[動員した]力の使用、情報及び保障(34)等の方面で突発性事件応急
処置準備計画と連携させる」という規定を追加した。E国防動員計画等について、実施
状況の検査をすべきという意見について、「国は国防動員計画と国防動員実施準備計画
の実施状況に対する評価検査制度を設ける」という規定を追加した。F予備役要員の確
保制度と原則を明らかにすべきであるという意見に関しては、「国は予備役要員の確保
制度を実施する」という項や予備役の原則についての項を追加した。G戦時の救助業務
のため、医療衛生救護体系について規定すべきという意見を検討し、条項を追加した。
12月23日のグループ別会議では、@突発性事件、自然災害と大規模な集団抗議行動へ
の緊急対応と関連させて 1 つの体系に統一すべきである。A国防動員委員会の位置づ
けと任務を明確にすべきである。B予備役要員の管理について、流入人口を受け入れて
いる地域の政府により管理を行うのが適当である。C予備役要員への訓練を明記すべ
きである等の意見があった。



(3) 第3回審議

 2010年2月24日、第11期全人代常務委員会第13回会議において第 3 回審議が行わ
れた。先ず第3回の審議に提出された修正案について法律委員会が説明を行った(35)。
その説明によれば、修正の主な内容は次のとおりであった。@国防動員の体系は、国防
安全の必要、経済社会の発展との調和や突発性事件の応急システムとの連携を明確に
すべきという意見を受け入れ、総則で「国は、国防動員の構築を強化し、国防安全の必
要に適応し、経済社会の発展と調和し及び突発性事件の応急システムと連携した国防
動員体系を築き整備し、国防動員能力を増強する」とした。A国家国防動員委員会の職
務に関して、同委員会が決定した事項は国務院と中央軍事委員会が分担して実施する
ことを明記した。B国防生産品のイノベーションを促すために、研究機関による重要な国
防生産品の研究開発についても、優遇措置が与えられるように修正した。C予備役要員
の確保や訓練を保障することを明記した。D軍需品の生産を行う組織が複数の地域や
業種にわたる場合は国務院の関係主管部門が調整を行うことを明記した。E軍隊作戦
の支援及び保障業務に従事する公民の生活保障に責任を負う機関について修正を行っ
た。さらに軽微な修正がなされた後、国防動員法は2 月26日に採択された。




_____________________【注】______________________


(25) 鈴木賢訳者代表『中国物権法―条文と解説』成文堂,2007, p. 2 .

(26) 「国防??法立法??」中国人大网
 〈http://www.npc.gov.cn/huiyi/lfzt/gfdyf/node_9935.htm〉

(27) 「中国?事立法的重要篇章」2009. 4 .21. 中国人大网
〈http://www.npc.gov.cn/huiyi/cwh/1108/2009-04/21/content_1498998.htm〉

(28) 「平時と戦時との結合、軍需と民需との結合」とは、平時には不必要な軍需の生産
力を民需生産に振り向け、戦時には民需の生産力を軍需品の生産に振り向ける、軍需
分野と民需分野間の技術移転等の有機的な関係をいう。(「?民?合、平??合」『中国?
争??百科全?』?事科学出版社,2003, pp.26-27.を参照した。)

(29) 前掲注23

(30) 予備役登録とは、予備役要員に対して実施する専門の登録。予備役将校および予
備役士兵(下士官および兵) として服務する者は、本人の居住地あるいは勤務地(将校
のみ)に復帰後30日以内に管轄県、自治県、市、市 管轄区の兵役機関に出頭し予備登
録を行うことになっている。(上田篤盛「予備役登録」茅原 前掲注(1), p.421.)

(31) 徴用(原語では征用)とは、戦争、自然災害等の緊急時に、国が公民や法人の財産
を強制的に使用することを いう。収用(原語では征收)は所有権が移転するが、徴用は
使用権の移転であり、緊急事態が収束した後は、 徴用した財産は所有者に返却しなけ
ればならない。(中国社会科学院法学研究所法律辞典?委会?『法律辞典(? 明本)』法律
出版社,2003, pp.846-847.による。)

(32 )同上

(33) 「全国人民代表大会法律委?会?于《中?人民共和国国防??法(草案)》修改情况
的??」?汝涛主?『中?人民共和国国防??法??』中国法制出版社, 2010, pp.285-288.

(34) 注37を参照。

(35) 「全国人民代表大会法律委?会?于《中?人民共和国国防??法(草案)》???果的?告」
前掲注33,pp.289-292.


__________________________________________________


















U 国防動員法の概要



 1 国防法の動員に関する規定

 すでに述べたように、国防法は国防動員に関する原則的な規定を定めているため、参
考として国防法の関連する条項を次に挙げておく。

 第10条 全国人民代表大会は、憲法の規定により、戦争と平和の問題を決定し、か
つ、憲法で定める国防分野のその他の職権を行使する。
 全国人民代表大会常務委員会は、憲法の規定により、戦争状態の宣言を決定し、全
国総動員又は部分動員を決定し、かつ、憲法で定める国防分野のその他の職権を行使
する。

 第11条 中華人民共和国主席は、全国人民代表大会の決定及び全国人民代表大会常
務委員会の決定に基づき、戦争状態を宣言し、動員令を公布し、かつ、憲法で定める国
防分野のその他の職権を行使する。


第 8 章 国防動員及び戦争状態

第44条 中華人民共和国の主権、統一、領土の完全性及び安全が脅威を受けた場合に
は、国は、憲法及び法律の規定により、全国総動員又は部分動員を行う。

第45条 国は、平時においては動員準備をし、人民武装動員、国民経済動員、人民防空
及び国防交通等の分野の動員準備を国家全体発展長期計画及び具体計画に組み入
れ、動員体制を完全なものとし、動員潜在力を増強させて、動員能力を高める。

第46条 国は、戦略物資備蓄制度を確立する。戦略物資の備蓄は、適度の規模で、安全
に保存し、調達使用が便利で、定期的に交換し、戦時の需要を保障しなければならな
い。

第47条 国務院及び中央軍事委員会は、動員準備及び動員実施業務を共同して指導す
る。すべての国家機関、武装力、各政党、各社会団体、各企業・事業体及び公民は、平
時において、法律の規定により動員準備業務を完遂しなければならない。国が動員令を
公布した後は、所定の動員任務を完遂しなければならない。

第48条 国は動員の必要に応じ、法により、組織及び個人の設備施設、交通手段その他
物資を収用し及び徴用することができる。県級以上の人民政府は、収用及び徴用により
生じた被収用者及び被徴用者の直接的経済損失に対して、国の関連規定にて相当の補
償を与える。

第49条 国は、憲法の規定により戦争状態を宣言し、各種の措置をとり、人力、物資及び
財力を集中させて、公民全体が祖国を防衛し、侵略に抵抗するよう指導する。そのほ
か、兵役法、人民防空法、予備役将校 法、国防交通条例等の法令にも国防動員に関
連 する規定がある。





 2 国防動員法の構成と概要

国防動員法は全14章72か条から成る。その構成は次のとおりである。

第 1 章 総則
第 2 章 組織指導機構及びその職権
第 3 章 国防動員計画、実施準備計画及び潜在力統計調査
第 4 章 国防と密接に関係する建設プロジェクト及び重要な生産品
第 5 章 予備役要員の確保及び召集
第 6 章 戦略物資の備蓄及び調達使用
第 7 章 軍需品の科学技術研究、生産及び維持補修保障
第 8 章 戦争災害の予防及び救助
第 9 章 国防勤務
第10章 民生用資源の徴用及び補償
第11章 宣伝教育
第12章 特別措置
第13章 法的責任
第14章 附則

次に、国防動員法の内容について、前述の2010年2月26日の報道発表(以下「報道発
表」)での説明や『中?人民共和国国防??法??』(以下『釈義』)(36)等を参考に、主要な条
項について簡単に紹介する。

・国防動員法制定の目的と適用
 国防動員法の制定の目的は、国防建設を強化し、国防動員制度を完全なものとし、国
防動員業務の順調な進行を保障し、国家の主権、統一、領土の完全性及び安全を守る
(第1条)ことにある。この法律は国防動員の準備、実施及び関連する活動に適用する
(第2条)。なお、報道発表によれば、香港には国防動員法は適用されない。

・突発性事件との関係
 国防動員法の審議の過程において、多くの委員から自然災害などの突発性事件が起
きたときには、国防動員法の適用が必要である旨の意見が提出されていた。突発性事
件の応急システムと連携した国防動員体系を整備すること(第3条)、国防動員実施準備
計画と突発性事件応急処置準備計画は指揮、[動員された]力の使用、情報及び保障
(37)等の面で互いに連携しなければならないこと(第16条)が規定された。これについ
て、報道発表では、国防動員の本質は戦時の応戦にあるが、非従来型の脅威への対応
の必要から、国防動員の機能は実際の生活の中では戦時の応戦から緊急時の対応へ
と広がってきたこと、中国では国防動員が震災、洪水などの応急業務で大きな力を発揮
してきたこと、戦時の応戦と緊急時の対応という機能を考慮して、動員される人力、物資
等の使用や動員システムなどを統一して計画、準備することを目標としたことを述べてい
る。

・国防動員の組織指導体制
 第2章で、動員の決定から実施にいたるまで、どの機関がどのような役割を果たすのか
を規定している。先ず、国家の主権、統一並びに領土の完全性及び安全が脅かされたと
きには、全国総動員または部分動員の決定を全人代常務委員会が行い、国家主席が動
員令を公布する(第8条)とされているのは、憲法及び国防法に規定されているとおりで
ある。国務院及び中央軍事委員会(38)の任務は、全国の国防動員業務を指導し、その
方針、政策及び法規を制定、全人代常務委員会に対し動員の実施議案を提出し、その
決定に従い国防動員の実施を組織すること、また緊急時には、必要な国防動員の措置
をとり、同時に全人代常務委員会に報告する(第9条)ことが規定されている。議論されて
きた国家国防動員委員会の職責については、国務院と中央軍事委員会の指導下で全
国の国防動員業務の組織化、調整等に責任を負うこと、同委員会が所定の権限及び手
続により協議決定した事項は、国務院及び中央軍事委員会の関係部門が、各自の職責
の分担により準備し、実施すること、各地での国防動員業務については、軍区国防動員
委員会と県級以上の地方各級国防動員委員会が、当該地区の国防動員業務に責任を
負う(第12条)とされた。

 また、報道発表では、第 9 条で国及び中央軍事委員会が共同で国防動員業務を指導
するとしていることについて、両者がどのように分担するかという質問がなされた。それに
ついては、「国防動員業務は軍隊の業務とは同一視できない、国防動員は政府が主導
し、軍は共同で参与するものであり、軍は要求を出し、国防動員委員会が調整を行い、
政府が執行するという体系である」と説明された。


・経済建設と国防
 国務院の経済発展総合管理部門が、国務院のその他の関係部門及び軍隊の関連部
門と共同で国防と密接に関係する建設プロジェクト及び重要な生産品の目録を作成し
(第22条)、目録に入れられた項目の研究、開発及び製造に投資する企業等は、補助金
その他の政策的優遇措置を受ける(第24条)。報道発表では、その他の政策的優遇措
置とは、たとえば、減免税などが考えられ、また、これらの生産活動に外資企業も参加す
ることができると説明された。

・予備役要員の確保と召集
 予備役要員の確保は、現役部隊への予備編入(39)、予備役部隊への編入(40)、民兵
組織への編入またはその他の形式により行われる(第27条)。予備役要員が予備役登
録地を1か月以上離れるときには、その予備役登録をした兵役機関に報告しなければな
らない(第29条)。国が国防動員の実施を決定した後には、県級人民政府の兵役機関
は、召集される予備役要員に召集通知を伝達し、召集通知を受け取った予備役要員は、
指定された場所に出頭しなければならない(第30条)。また、国が国防動員の実施を決
定した後は、召集予定の予備役要員でその予備役等登録地の県級人民政府の兵役機
関の許可を得ていない者は、予備役登録地を離れてはならない。すでに予備役登録地を
離れている者は、兵役機関の通知を受け取った後、直ちに戻るかまたは指定場所に出
頭しなければならない(第32条)。審議で問題となっていた戸籍所在地の機関による管理
は、予備役登録地での管理に変更されている。

・公民及び組織の権利と義務
 公民及び組織は、平時には国防動員準備業務を、国防動員の実施決定後には、所定
の国防動員任務を完遂しなければならない(第5条)。国防勤務とは、軍隊の作戦の支援
及び保障、戦争災害の救助や社会秩序維持への協力等(第48条)をいう。満18歳から満
60歳までの男性公民及び満18歳から満55歳までの女性公民は国防勤務を担うが、社会
福祉機関に勤務する公民、病人、国連等政府間国際組織に勤務する公民等は、国防勤
務を免除する(第49条)。国防勤務を行う公民の生活保障は、それぞれの業務により、所
属部隊、当該地域の人民政府、所属している企業・組織等が提供する(第52条〜第53
条)。軍隊の作戦の支援及び保障とは、具体的にどのような内容なのかは明らかではな
いが、部隊への食糧等の補給や民生用車両の徴用において、公民が軍隊のために車
両を運転するような場合等が考えられる。後者は敵から戦闘員または敵対行動に参加
する国民と見なされて攻撃の標的となる可能性があることを指摘し、公民の国防勤務と
敵対行動との間に境界線を引き、公民が直接的な敵対行動に加わる可能性を減らすこ
とや国際法とも関連させて、国民の保護という観点からの規定も考えるべきという指摘も
ある。(41)

・民生用資源の徴用及び補償
国が国防動員の実施を決定した後に、備蓄物資が動員の需要を遅滞なく満たすことが
できないときには、県級以上の人民政府は、民生用資源を徴用することができる。民生
用資源とは、組織及び個人が所有するまたは使用している社会生産、サービス及び生
活に用いる施設、設備及び場所その他物資を指す(第54条)。いかなる組織及び個人
も、民生用資源の徴用を受け入れる義務を有する(第55条)が、個人及び家庭生活の必
需品や住居、託児所、養老院等の社会福祉機関が対象者に保障する生活必需品及び
住居等は徴用を免除される(第56条)。徴用された民生用資源の使用が完了したときに
は、遅滞なく返却し、改造をした場合には、元来の使用機能を回復した後に返却しなけれ
ばならない。修復できない場合、滅失した場合、又は、徴用により直接的経済損失が生じ
た場合には、国の関連規定に従い補償する(第58条)。『釈義』によれば、徴用の対象と
なる組織及び個人とは、党政府機関、大衆団体、企業・事業体等中国国内にあるすべて
の組織及び中国公民、中国の居留権をもつ外国人も含むすべての個人をいう。

・特別措置
第12章は特別措置について定めている。『釈義』では、特別措置とは「国が国防動員の
実施を決定した後、必要に基づき、国防動員を実施する区域内で、経済及び社会生活の
ある領域に対し実施する特殊な管理制度で、強制的な措置である」とし、特別措置の目
的の 1 つとして、利害関係の調整、社会秩序の安定を挙げ、例えば、物価のつりあげ、
商品の買い占めや売り惜しみ、金融投機等の行為は社会秩序を混乱させるため、強制
的な管理措置をとるとしている。また、こうした措置は国防動員という状況においては、世
界各国で行われているものであると説明している。管制の対象として、金融(42)、交通運
輸、郵政、電信、報道出版、ラジオ・テレビ・映画、情報ネットワーク、エネルギー及び水
資源の供給、医薬衛生、食品及び食糧の供給、商業貿易等の業種(第63条)が挙げら
れている。『釈義』では、国防動員実施決定後の主要な措置としては、例えば、金融領域
では、戦時金融体制の構築、金本位制の停止、外国為替の統制、金融投機の抑制、人
民元、外国為替、株式等の管理コントロールを実施、報道出版領域では、報道の審査制
度の実施、国の統一を破壊する等の内容の図書、資料、音楽映像資料の出版禁止、ネ
ットワーク上で有害な情報を広めることを防止するために、必要な制御を行うこと、エネル
ギー領域では、国防企業の生産の優先、重要なエネルギー源とその製品の輸出入のコ
ントロール等を挙げている。



おわりに

以上、国防動員法の制定をめぐって、その制 定に至るまでの経緯や背景、その内容に
ついて概観した。国防動員法は戦時の動員を本質としながらも、自然災害や事故、事件
等の突発性事件への対応としての動員という側面も大きいことは既に見たとおりである。
また中国社会の変化と国防義務との関係については、「市場経済が高度に発展すれば
するほど、国家の国防要請に対する個人の職業や財産の保護という二律背反的な関係
をいかに調整するかが課題」(43)という指摘があるが、この二律背反的関係は法律の制
定によって終わるものではなく、これからどのようにその調整をとって行くのかは難しいと
ころであろう。国防動員法の内容は、国防法の原則的な規定やその他の法令の関連す
る規定に基づき、国防動員に関して体系化と詳細化を行ったものではあるが、徴用の対
象には中国国内の企業や居留権をもつ外国人も含まれており、特別措置がとられた場
合には、国際的な影響が広がることも考えられる。特に、経済的に中国との関係が深ま
っているわが国としても、国防動員法の運用の動向に注目する必要があろう。

(みやお えみ)

_____________________【注】______________________

(36) 前掲注33

(37) 『釈義』によれば、保障とは、必要な物資や装備の生産、備蓄、供給等を行うことを
いう。

(38) 中央軍事委員会は中国共産党の中央軍事委員会と国家機構の中の中央軍事委
員会の2つが存在するが、「構成 メンバーと職責は同じであり、実態は一つの組織に二
つの看板をかけた関係」(前掲注?, p.294.)とされる。 報道発表では、動員法で規定する
中央軍事委員会とはどちらの委員会か、党と動員法の関係は何かという質問が出され
た。それに対しては、「動員法はわが国の国情に基づき制定された法律で、党の誠心誠
意人民に奉仕す るという趣旨と人民の意志を体現している。具体的な組織指導は国務
院と中央軍事委員会が共同して国の国防 動員業務を指導する」と答え、明確な回答は
されなかった。

(39) 原語は「預編」。現役部隊への予備編入とは、予備役要員をその召集時に編入さ
れることになる現役部隊に予 め編入しておき、戦争初期の動員を速やかに行うシステ
ム。部隊番号、担当任務、出頭場所、任期が予め知ら される。(『中国?争??百科全?』?
事科学出版社,2003, pp.457-458.による)

(40) 予備役部隊とは、「少数の現役軍人を基幹、予備役将校および下士官・兵士を基
礎として、平時から統一した 編成を有し現役部隊に準じて管理され、戦時には現役部隊
に編成がえされる部隊。」(上田篤盛「予備役部隊」 茅原 前掲注?, p.421.)

(41) 冷新宇「国防??法制中的平民保???」『西安政治学院学?』22巻 6 期,2009.12, pp.
78-80.

(42) 金融危機時に特別措置が発動されることを懸念する指摘もある。(田代秀敏「中国
経済 金融も軍管理下に置ける「国防動員法」の不気味」『エコノミスト』88巻39号,2010. 
7 . 6 , p.36.)

(43) 上田 前掲注? p.336.

__________________________________________________













中華人民共和国国防動員法

中?人民共和国国防??法

(中華人民共和国主席令第25号 2010年 2 月26日公布)



海外立法情報調査室 宮尾 恵美訳




【目次】

第 1 章 総則
第 2 章 組織指導機構及びその職権
第 3 章 国防動員計画、実施準備計画及び潜在力統計 調査
第 4 章 国防と密接に関係する建設プロジェクト及び 重要な生産品
第 5 章 予備役要員の確保及び召集
第 6 章 戦略物資の備蓄及び調達使用
第 7 章 軍需品の科学技術研究、生産及び維持補修保 障
第 8 章 戦争災害の予防及び救助 第 9 章 国防勤務
第10章 民生用資源の徴用及び補償 第11章 宣伝教育
第12章 特別措置 第13章 法的責任 第14章 附則





第 1 章 総則

第1条 国防建設を強化し、国防動員制度を完全なものとし、国防動員業務の順調な進行
を保障し、国家の主権、統一、領土の完全性及び安全を守るため、憲法に基づき、この
法律を制定する。

第2条 この法律は国防動員の準備、実施及び関連する活動に適用する。

第3条 国は、国防動員構築を強化し、国防安全の必要に適応し、経済社会の発展と調
和し及び突発性事件の応急システムと連携した国防動員体系を築き整備し、国防動員
能力を増強する。

第4条 国防動員は、平時と戦時との結合、軍需と民需との結合及び寓軍於民(1)という方
針を堅持し、統一的指導、全国民の参加、長期的準備、重点的建設、全局を考慮した統
一的 計画及び秩序があり効率が高いことという原則に従う。

第5条 公民及び組織は、平時には法により国防動員準備業務を完遂しなければならな
い。国が国防動員の実施を決定した後には、所定の国防動員任務を完遂しなければな
らない。

第6条 国は、国防動員に必要な経費を保障する。国防動員の経費は職権区分の原則に
基づき、それぞれ中央及び地方の財政予算に計上する。

第7条 国は、国防動員業務において著しい貢献をした公民及び組織を表彰し、及びこれ
に褒賞を与える。



第 2 章 組織指導機構及びその職権

第8条 国家の主権、統一、領土の完全性及び安全が脅かされたときには、全国人民代
表大会常務委員会は、憲法及び関係する法律の規定に基づき、全国総動員又は部分動
員を決定する。国家主席は、全国人民代表大会常務委員会の決定に基づき、動員令を
公布する。

第9条 国務院及び中央軍事委員会は、共同で全国の国防動員業務を指導し、国防動員
業務に関する方針、政策及び法規を制定し、全国人民代表大会常務委員会に対し全国
総動員又は部分動員を実施する議案を提出し、全国人民代表大会常務委員会の決定
及び国家主席が公布する動員令に基づき、国防動員の実施を組織する。
 国家の主権、統一、領土の完全性及び安全が直接的な脅威を受け、直ちに対応措置
をとらなければならないときには、国務院及び中央軍事委員会は、応急処置の必要に基
づき、この法律が規定する必要な国防動員の措置をとり、同時に全国人民代表大会常
務委員会に報告しなければならない。

第10条 地方人民政府は、国防動員業務の方針、政策及び法令を徹底し執行しなけれ
ばならない。国が国防動員の実施を決定した後は、上級機関が下達する国防動員の任
務に基づき、当該行政区域の国防動員の実施を組織しなければならない。
 県級以上の地方人民政府は、法律が規定する権限により、当該行政区域の国防動員
業務を管理する。

第11条 県級以上の人民政府の関係部門及び軍 隊の関係部門は、各職務の範囲内
で、関連す る国防動員業務について責任を負う。

第12条 国家国防動員委員会は、国務院及び中央軍事委員会の指導の下で、全国の国
防動員業務を組織化し、指導し及び調整する責任を負う。[国家国防動員委員会が]所
定の権限及び手続により協議して決定した事項は、国務院及び中央軍事委員会の関係
部門が、各自の職責に応じて準備を行い実施する。軍区国防動員委員会及び県級以上
の地方各級国防動員委員会は、当該区域の国防動員業務の組織化、指導及び調整に
ついて責任を負う。

第13条 国防動員委員会の事務機構は、当該級の国防動員委員会の日常業務を担当
し、法に従い関連する国防動員の職務を遂行する。

第14条 国家の主権、統一、領土の完全性及び安全を脅かす脅威が取り除かれた後に
は、国防動員の実施を決定した権限及び手続に基づいて、国防動員の実施措置を解除
しなければならない。



第 3 章 国防動員計画、実施準備計画及び潜在力統計調査

第15条 国は国防動員計画、国防動員実施準備計画及び国防動員潜在力統計調査の
制度を実施する。

第16条 国防動員計画及び国防動員実施準備計画は、国防動員の方針及び原則、国防
動員の潜在力の状況並びに軍事上の必要性に基づき制定する。軍事上の必要性は、軍
隊の関係する部門が所定の権限及び手続に基づき提示する。
 国防動員実施準備計画及び突発性事件応急 処置準備計画は、指揮、[動員された]
力の使用、情報及び保障等の面で互いに連携しなければならない。

第17条 各級国防動員計画及び国防動員実施準備計画の制定と審査許可は、国の関連
規定により行う。

第18条 県級以上の人民政府は、国防動員の関連する内容を「国民経済及び社会発展
計画」 に組み入れなければならない。軍隊の関係部門は、国防動員実施準備計画を軍
備計画に組 み入れなければならない。
 県級以上の人民政府及びその関係部門並びに軍隊の関係部門は、職務に基づき、国
防動員計画及び国防動員実施準備計画を実施しなければならない。

第19条 県級以上の人民政府の統計機構及び関係部門は、国防動員の必要に基づき、
当該各級の国防動員委員会の事務機構に対し、関係する正確な統計資料を遅滞なく提
供しなければならない。提供する統計資料が需要を満たすことができないときには、国防
動員委員会事務機構は、「中華人民共和国統計法」及び国家の関連規定に基づき、国
防動員潜在力専項統計調査を準備し実施することができる。

第20条 国は、国防動員計画及び国防動員実施準備計画の実施状況に対する評価検査
制度を構築する。



第 4 章 国防と密接に関係する建設プロジェクト及び重要な生産


第21条 国防動員の必要に基づき、国防と密接に関係する建設プロジェクト及び重要な
生産品は国防要求を満たし国防の機能を備えなければならない。

第22条 国防と密接に関係する建設プロジェクト及び重要な生産品の目録は、国務院の
経済発展総合管理部門が、国務院のその他の関係部門及び軍隊の関連部門と共同で
作成し、国務院及び中央軍事委員会に報告し、その許可を得なければならない。
 目録に記載された建設プロジェクト及び重要な生産品について、その軍事上の必要性
は軍隊の関係部門が提示する。建設プロジェクトを審査し、及び許可し、並びに重要な生
産品の設計図面を決定するときには、県級以上の人民政府の関係主管部門は、規定に
基づき、軍隊の関係部門の意見を求めなければならない。

第23条 目録に記載された建設プロジェクト及 び重要な生産品は、関連する法令及び国
防の要求を満たす技術規範及び規格に基づき、設計、生産、施工、管理監督及び検収を
行い、建設プロジェクト及び重要な生産品の品質を保証しなければならない。

第24条 企業・事業体が、目録に記載されている建設プロジェクトの建設又は重要な生産
品の研究、開発及び製造に投資するとき又は投資に参加するときは、関連する法律、行
政法規及び国家の関連規定に基づき、補助金又はその他の政策的優遇措置を受ける。

第25条 県級以上の人民政府は、目録に記載されている建設プロジェクト及び重要な生
産品の国防要求を満たす業務に対し、指導及び政策の支援を行わなければならず、関
係部門は職務に従い、関係する管理業務を遂行しなければならない。



第 5 章 予備役要員の確保及び召集

第26条 国は予備役要員の確保制度を実施する。
 国は、国防動員の必要に基づき、規模が適正であり、構成が科学的(2)であり及び配置
が合理的であるという原則に従い、必要な予備役要員を確保する。
 国務院及び中央軍事委員会は、国防動員の必要に基づき、予備役要員の確保の規
模、種類及び方式を決定する。

第27条 予備役要員は、専門性と兵種が合致し、動員が容易であるという原則に従い、
現役部隊への予備編入(3)、予備役部隊への編入(4)、民兵組織への編入又はその他の
形式で確保する。
 国は、国防動員の要求に基づき、予備役専門技術兵員確保区(5)を構築する。
 国は、予備役要員の訓練及び確保のために条件及び保障を提供する(6)。予備役要員
は法により、訓練に参加しなければならない。

第28条 県級以上の地方人民政府の兵役機関は、当該行政区域の予備役要員を確保
する業務を準備し実施する。県級以上の地方人民政府の関係部門、予備役要員の所在
郷(鎮)人 民政府、街道事務所及び企業・事業体は、兵役機関の予備役要員確保に関
する業務の遂行に協力しなければならない。

第29条 現役部隊に予備編入され、又は予備役部隊に編入された予備役要員及び召集
予定の他の予備役要員は、予備役登録地を1か月以上離れるときには、その予備役登
録をした兵役機関に報告しなければならない。

第30条 国が国防動員の実施を決定した後には、県級人民政府の兵役機関は、上級機
関の命令に基づき、迅速に、召集される予備役要員に召集通知を伝達しなければならな
い。
 召集通知を受けた予備役要員は、通知の要求に従い、指定された場所に出頭しなけ
ればならない。

第31条 召集された予備役要員が所属する組織は、兵役機関の予備役要員の召集業務
の遂行に協力しなければならない。
 交通運輸に従事する組織及び個人は、召集される予備役要員を優先的に輸送しなけ
ればならない。

第32条 国が国防動員の実施を決定した後は、召集予定の予備役要員でその予備役等
登録地の県級人民政府の兵役機関の許可を得ていないものは、予備役登録地を離れて
はならない。すでに予備役登録地を離れている者は、兵役機関からの通知を受けた後、
直ちに戻り、又は指定された場所に出頭しなければならない。






第 6 章 戦略物資の備蓄及び調達使用

第33条 国は、国防動員の必要に応じた戦略物資の備蓄及び調達利用制度を実施す
る。
 戦略物資の備蓄は国務院の関係主管部門が準備し実施する。

第34条 戦略物資の備蓄任務を担当する組織は、国の関連する規定及び基準に従い、
備蓄物資の保管及び保護を行い、定期的に入れ替えの調整を行い、備蓄物資の使用上
の機能と安全を保証しなければならない。
 国は関係規定に従い、戦略物資の備蓄任務を担当する組織に対し、補助金を支給す
る。

第35条 戦略物資は、国の関連する規定に従い調達し使用する。国が国防動員の実施
を決定した後は、戦略物資の調達使用は、国務院及び中央軍事委員会がこれを許可す
る。

第36条 国防動員が必要とするその他の物資の備蓄及び調達使用は、関係する法令の
規定に基づき執行する。




第 7 章 軍需品の科学技術研究、生産及び維持補修保障

第37条 国は、軍需品の科学技術研究、生産及 び維持補修保障の動員体系を構築し、
戦時に おける軍隊の商品発注及び装備保障(7)の必要 に基づき、軍需品の科学技術研
究、生産及び 維持補修保障の能力を蓄えなければならな い。
 この法律で軍需品とは、軍事目的に用いる装備、物資、専用の生産設備、機材等をい
う。

第38条 軍需品の科学技術研究、生産及び維持 補修保障の能力の備蓄の種類、配置
及び規模は、国務院の関係主管部門が軍隊の関係部門と共同で計画を提出し、国務院
及び中央軍事委員会に報告し、許可を得た後に、準備し実施する。

第39条 生産品目の変更(7)、軍需品の拡大生産及び維持補修保障の任務を担当する組
織は、その担う国防動員の任務に基づき、必要な設備、材料、附属部品及び技術を蓄
え、必要とされる専門技術の部隊を築き、準備計画及び措置を制定し、完全なものとしな
ければならない。

第40条 各級人民政府は、生産品目の変更及び軍需品の拡大生産の任務を担う組織が
先進的な軍民両用技術を開発し及び応用し、軍民に通用する技術規格を普及させ、軍
需品の変更生産及び軍需品の拡大生産を行う総合保障能力を向上させることを支持し
援助しなければならない。
 国務院の関係主管部門は、地区又は業種にわたる生産品目の変更及び軍需品の拡
大生産の重大な任務の実施に対し、調整を行い、かつ、支持を与えなければならない。

第41条 国が国防動員の実施を決定した後は、生産品目の変更、軍需品の拡大生産の
任務を担当する組織は、国の軍需品発注契約並びに 生産品目の変更及び拡大生産の
要求に応じて、軍需品の科学技術研究及び生産の準備を行い、軍需品の品質を保証
し、期日どおりに発注品を引き渡し、軍隊に協力して維持補修保障任務を完遂しなけれ
ばならない。生産品目の変更及び軍需品の拡大生産のためにエネルギー、材料、設備
及び附属部品を提供する組織は、優先的に生産品目の変更及び軍需品の拡大生産の
必要を満たさなければならない。
 国は、生産品目の変更及び軍需品の拡大生産の任務を担当したために直接的な経済
損失を生じた組織に対し、補償を与えなければならない。





第 8 章 戦争災害の予防及び救助

第42条 国は、戦争災害を予防し及び救助する制度を実施し、人民の生命及び財産の安
全を保護し、国防動員の潜在力及び動員を維持する能力を保障しなければならない。

第43条 国は、軍事目標、経済目標、社会目標及び首脳機関のクラス別防護制度を構築
する。クラス別防護の基準は国務院及び中央軍 事委員会が定める。
 軍事目標、経済目標、社会目標及び首脳機関の防護業務は、県級以上の人民政府
が、関連する軍事機関と共同で準備し実施する。

第44条 軍事目標、経済目標、社会目標及び首脳機関の防護任務を担当する組織は、
防護計画及び応急修理準備計画を制定し、防護訓練を行い、防護措置を実施し、総合
的な防護効果を向上させなければならない。

第45条 国は、平時と戦時とを結合した医療衛生救護体制を構築する。国が国防動員の
実施を決定した後は、医療衛生要員を動員し、薬品、機材及び設備施設を調達使用し、
戦時医療救護及び衛生防疫を保障しなければならな い。

第46条 国が国防動員の実施を決定した後は、要員、物資の分散及び隠ぺいは、行政区
域内で実施するものについては、当該人民政府が実施を決定し、かつ、準備を行い実施
する。2 以上の行政区域にわたって行うときには、関係する行政区域の 1 級上の人民政
府が実施を決定し、かつ、準備を行い実施する。
 要員、物資の分散及び隠ぺいの任務を担当する組織は、関係する人民政府の決定に
従い、定められた時間内に分散及び隠ぺいの任務を完遂しなければならない。

第47条 戦争災害が発生したときには、当該地 域の人民政府は応急救助のシステムを
迅速に発動し、[動員された]力を組織して負傷者を救助し、被災民を避難させ、財産を
保護し、戦争災害の結果をできるだけ早く除去し、正常な生産及び生活秩序を回復させ
なければならない。
 戦争災害を受けた人及び組織は、遅滞なく自助互助の措置を採り、戦争災害がもたら
す損失を軽減しなければならない。




第 9 章 国防勤務

第48条 国が国防動員の実施を決定した後には、県級以上の人民政府は、国防動員実
施の必要に基づき、この法律の規定する条件に適合する公民及び組織を動員し、国防
勤務を担わせることができる。
 この法律で国防勤務とは、軍隊の作戦を支援し及び保障し、戦争災害を予防し及び救
助し並びに社会秩序の維持に協力する任務をいう。

第49条 満18歳から満60歳までの男性公民及び満18歳から満55歳までの女性公民は、
国防勤務を担わなければならない。ただし、次のいずれかに該当するときには、国防勤
務を免除する。
(1) 託児所、幼稚園、孤児院、養老院、障害者リハビリテーション機関、救助ステーショ
ン等の社会福祉機関で管理及びサービス業務に従事している公民
(2) 義務教育段階の学校で教育、管理及びサービス業務に従事している公民
(3) 妊娠中又は授乳期間中の女性公民
(4) 病気で国防勤務を担うことができない公民
(5) 労働能力を喪失している公民
(6) 国連等政府間国際組織に勤務する公民
(7) その他県級以上の人民政府が国防勤務の免除を決定した公民
 特殊な専門的技術を有する専門技術者が特定の国防勤務を担うときには、前項で規
定する年齢の制限を受けない。

第50条 国防勤務を担うことが確定した要員 は、指揮に従い、職務を履行し、規律を遵
守 し、秘密を守らなければならない。国防勤務 を担う要員が所属する組織は、当該要員
に支 持及び協力を与えなければならない。

第51条 交通運輸、郵政、電信、医薬衛生、食品及び食糧の供給、プロジェクト建築、エ
ネルギー化学工業、大型水利施設、民生用原子力施設、報道メディア、国防の科学研
究・生産及び市政施設の保障等の組織は、法により 国防勤務を担わなければならな
い。
 前項に規定する組織は、平時は、専門性の要求に合致し、精鋭な要員を配置し及び緊
急時の即応能力を備えるという原則に応じて、 専門保障部隊を組織し、訓練及び教練を
行い、国防勤務を完遂する能力を向上させなければならない。

第52条 公民及び組織の国防勤務は、県級以上の人民政府が責任を持って組織する。
 戦争災害の予防及び救助を担い、社会秩序の維持業務に協力する公民及び専門保障
部隊は、当該地域の人民政府が指揮し、かつ、その勤務及び生活の保障を行う。行政区
域を越えて勤務を行うときは、関係する行政区域の県級以上の地方人民政府がそれら
の保障を準備し実施する。
 軍隊作戦の支援及び保障の業務を担う公民及び専門保障部隊は、軍事機関が指揮
し、部隊に従い行動する者については、所属部隊がその業務及び生活の保障を行う。そ
の他は、当該地域の人民政府が業務及び生活の保障を行う。

第53条 国防業務を担う要員が業務を執行して いる期間は、元の所属組織の賃金、手
当及びその他の福利待遇を引き続き享受する。所属組織がない者には、当該地域の人
民政府が、民兵の軍備業務執行時の手当の基準を参考にして手当を与える。国防業務
の執行のために死傷した者には、当該地域の県級人民政府が「軍人補償優遇条例」等
関係する規定に従い補償及び優遇措置を与える。




第10章 民生用資源の徴用及び補償

第54条 国が国防動員の実施を決定した後に、備蓄物資が動員の需要を遅滞なく満たす
ことができなくなったときには、県級以上の人民政府は、法により民生用資源を徴用する
ことができる。
 この法律で民生用資源とは、組織及び個人が所有し又は使用している、社会生産、サ
ービス及び生活に用いる施設、設備及び場所その他物資をいう。

第55条 いかなる組織及び個人も、法による民生用資源の徴用を受忍する義務を有す
る。民生用資源を使用する必要のある中国人民解放軍の現役部隊及び予備役部隊、中
国人民武装警察部隊並びに民兵組織は、徴用の需要を提示しなければならず、県級以
上の地方人民政府が統一的に徴用を行うものとする。県級以上の地方人民政府は、徴
用される民生用資源の登録を行い、被徴用者に証書を発行しなければならない。

第56条 次に掲げる民生用資源は、徴用を免除する。
(1) 個人及び家庭生活の必需品及び住居
(2) 託児所、幼稚園、孤児院、養老院、障害者リハビリテーション機構、救助ステーショ
ン等の社会福祉機関が児童、老人、障害者及び救助対象者に保障する生活必需品及
び住居
(3) 法律及び行政法規が規定する、徴用を免除するその他の民生用資源

第57条 徴用される民生用資源が、軍事的要求に基づき改造されなければならない場合
には、県級以上の地方人民政府は、軍事関係機構と共同して準備を行い実施する。
 改造の任務を担当する組織は、使用組織が提出する軍事要求及び改造計画に基づき
改造を行い、かつ、期日どおりに交付し、その用に供することを保証しなければならな
い。改造に必要な経費は、国が負担する。

第58条 徴用された民生用資源の使用が完了したときには、県級以上の地方人民政府
は、遅滞なく準備し返却しなければならない。改造をした場合には、元来の使用機能を回
復した後に返却しなければならない。修復できない場合若しくは滅失した場合、又は徴用
により直接的経済損失を生じた場合には、国の関連規定に従い補償を与える。

第59条 中国人民解放軍の現役部隊及び予備役部隊、中国人民武装警察部隊並びに
民兵組織が軍事演習及び訓練を行い、民生用資源を徴用し又は臨時に管制措置をとる
必要がある場合には、国務院及び中央軍事委員会の関連規定に従い執行する。




第11章 宣伝教育

第60条 各級人民政府は、国防動員の宣伝教育の準備を行い実施し、公民の国防意識
及び法に従い国防義務を履行するという意識を強化しなければならない。関連する軍事
機関は、国防動員の宣伝教育業務の遂行に協力しなければならない。

第61条 国家機関、社会団体、企業・事業体及び末端の大衆自治組織は、構成員が、必
要な国防知識及び技能を学習し習熟できるようにしなければならない。

第62条 各級人民政府は、各種の宣伝媒体及び宣伝手段を利用して、公民に対し愛国
主義及び革命英雄主義の宣伝教育を行い、公民の愛国の熱意を呼び起こし、公民の積
極的な参戦及び前線支援を鼓舞し、多様な方法により軍の支持、軍人の家族の優遇及
び慰問活動を行い、国の関連する規定に従い、軍人の補償優遇業務を遂行しなければ
ならない。
 報道出版、ラジオ・映画・テレビ及びネットワークメディア等の組織は、国防動員の要求
に基づき、宣伝教育及び関連業務を遂行しなければならない。




第12章 特別措置

第63条 国が国防動員の実施を決定した後には、必要に基づき、法に従い、国防動員を
実施する区域内で次に掲げる特別措置を採ることができる。
(1) 金融、交通運輸、郵政、電信、報道・出版、ラジオ・映画・テレビ、情報ネットワーク、
エネルギー及び水資源の供給、医薬衛生、食品及び食糧の供給、商業貿易等の業種に
対し管制を敷くこと。
(2) 人の活動する区域、時間及び方式並びに物資及び運送手段の出入する区域につ
いて、必要な制限を課すること。
(3) 国家機関、社会団体及び企業・事業体において特殊な業務制度を行うこと。
(4) 武装組織のために、優先的に各種の交通を保障すること。
(5) その他必要な特別措置

第64条 全国又は一部の省、自治区若しくは直轄市において特別措置を実施する場合に
は、国務院及び中央軍事委員会が決定し、かつ、準備を行い実施する。省、自治区及び
直轄市の範囲内の一部の地区で特別措置を実施する場合には、国務院及び中央軍事
委員会がこれを決定し、特別措置実施区域内の省、自治区及び直轄市の人民政府及び
これと同級の軍事機関が準備を行い実施する。

第65条 特別措置を準備し実施する機関は、所定の権限、区域及び期限の範囲内で特
別措置を実施しなければならない。特別措置実施区域内の公民及び組織は、特別措置
を準備し実施する機関の管理に従わなければならない。

第66条 特別措置の実施が必要でなくなったときには、遅滞なく中止しなければならな
い。

第67条 国が動員令を公布したために、訴訟、行政不服審査及び仲裁活動が正常に行
われない場合には、関連する時効の停止及び手続中止の規定を適用する。ただし、法
律に別段の定めがある場合を除く。




第13章 法的責任

第68条 公民が次に掲げる行為のいずれかをした場合には、県級人民政府は、期限内に
是正を命ずる。期限を過ぎても是正されない場合には、強制的に義務を履行させるもの
とする。
(1) 現役部隊に予備編入され、又は予備役部隊に編入された予備役要員及び召集予
定のその他の予備役要員が、予備役登録地を1か月以上離れ、予備役登録した兵役機
関に報告を行っていない場合
(2) 国が国防動員の実施を決定した後に、召集予定の予備役要員が予備役登録をし
た兵役機関の許可を得ずに予備役登録地を離れた場合、兵役機関の要求に応じて遅滞
なく戻らなかった場合、又は指定地点に出頭しなかった場合
(3) 召集を拒絶し若しくは忌避し、又は国防勤務を拒絶し若しくは忌避した場合
(4) 民生用資源の徴用を拒絶し若しくは遅らせ、又は徴用される民生用資源の改造を
妨害した場合
(5) 国防動員業務の秩序を妨害し、若しくは破壊し、又は国防動員業務に従事する要
員が法に従い職務を履行するのを妨害した場合

第69条 企業・事業体が次に掲げる行為のいずれかをした場合には、関係する人民政府
は、期限を決めて是正を命ずる。期限を過ぎても是正されない場合には、強制的に義務
を履行させ、かつ、過料に処するものとする。
(1) 建設を請け負った国防要求を満たす建設プロジェクトにおいて、国防要求、技術規
範及び標準に従った設計、施工及び生産を行わなかった場合
(2) 管理の瑕疵により戦略備蓄物資を紛失し、若しくは損壊し、又は戦力物資の徴用
に従わない場合
(3) 生産品目の変更、軍需品の拡大生産及び維持補修保障任務の要求に反し、軍需
品の学技術研究、生産及び維持補修保障の能力の整備を行わなかった場合、又は規定
に反し専門の技術部隊を組織しなかった場合
(4) 専門保障任務の執行を拒絶し、又は遅延させた場合
(5) 軍からの商品の発注を拒絶し、又は故意に遅らせた場合
(6) 民生用資源の徴用を拒絶し、若しくは遅らせ、又は徴用された民生用資源の改造
を妨害した場合
(7) 公民が召集に応じること及び国防勤務義務を担うことを妨害した場合

第70条 次に掲げる行為のいずれかがあった場合には、直接責任を負う主管者その他
の直接責任者を、法に従い処分する。
(1) 上級機関から下された国防動員命令を執行しようとしない場合
(2) 職権濫用又は職務怠慢により国防動員業務に重大な損失を与えた場合
(3) 徴用される民生用資源に対し、登記及び証書の発行を行わなかった場合、規定に
反する使用により重大な損壊を生じさせた場合又は規定に従い返還若しくは補償を行わ
なかった場合
(4) 国防動員に国防動員の経費及び物資を横領し、又は流用した場合
(5) 職権を濫用し、公民又は組織の合法的な.権益を侵害し、損なった場合

第71条 この法律の規定に違反し、治安管理に違反する行為を構成する場合には、法に
従い、治安管理処罰?を与える。犯罪を構成する場合には、法に従い刑事責任を追及す
る。




第14章 附則

第72条 この法律は2010年7月1 日から施行する。


(みやお えみ)










_____________________【注】______________________

(1) 訳者注:「平時と戦時との結合、軍需と民需との結合」については、解説の注28を参
照。「寓軍於民」とは「軍工企業を国民経済に統合して競争原理のもとで民間の活力を導
入することを目指す」ことである。(竹田純一「第7章 中国の武器装備の開発と生産能力
の将来像」茅原郁生編著『中国の軍事力―2020年の将来予測』蒼蒼社,2008, p.318. に
よる。軍需を民需に宿らせる、軍需が民需に宿るなどと訳される。

(2) 訳者注:原文は「結?科学」。汝涛主?『国防????』中国法制出版社,2010,p.100.によ
れば、軍事作戦の必要に適合するように予備役要員の兵種や専門技術者を構成するこ
とである。

(3) 訳者注:現役部隊への予備編入については、解説の注(39)を参照。

(4) 訳者注:予備役部隊については、解説の注(40)を参照。

(5) 訳者注:予備役専門技術兵員確保区とは、専門技術兵の確保を目的とし、軍事の専
門技術の種類ごとに画定された区域。毎年徴兵時に、各確保区で集めた新兵を専門技
術部隊で現役に服させ、退役後には、元の地区で予備役に服すという方法で確保する。
(解説の注28, p.457.)

(6) 予備役要員の確保と訓練に必要な訓練場や装備、物資、経費等を保障することをい
う。(前掲注?, pp.107-110.)

(7) 訳者注:装備品を作戦部隊に対し調達・備蓄・補給すること。(上田篤盛「軍械(軍
需)保障」解説の注?,pp.111〜112.を参照した。)

(8) 訳者注:生産品目の変更とは、平時には民需用品の科学技術研究及び生産に従事
する組織が、戦時に軍事上の 需要に基づき、生産品目を軍需品に変更して生産活動を
行うことである。(? 前掲注?, p.137.を参照した。)

(9) 訳者注:治安管理処罰とは、公安機関が「中華人民共和国治安管理処罰法」によ
り、公共の秩序を乱し、安全 を妨害し、人身の権利を侵害する等社会に対し危害をもた
らす行為を行った者に対し科する処罰。刑法の規定 によれば犯罪となるが、刑事処罰
には至らない場合に科するとされる。(? 前掲注?, p.256.による)







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