尖閣諸島の領有権問題






平松茂雄 杏林大学教授

中国のシーパワーに包囲される日本

尖閣に上陸した中国人の逮捕に対して、中国政府はは、わが公民を逮捕したのは不当
だ、
きちんと扱わなかったら承知しないぞ、と日本政府に脅しをかけてきた。これを考え
ると、彼らは中国政府の「お墨付き」で尖閣にやってきたと言わざるを得ない。


太平洋まで拡大する中国のシーパワー
 ここ十年余り、中国はわが国南西諸島周辺の海戒を中心に領海侵犯や違法な海洋調
査を繰り返してきましたが、この三月未(平成十六年)、中国人活動家らが尖閣諸島に上
陸するという事件が起きました。一方、最近は中国の調査船が太平洋にまで進出し、わ
が国最南端の沖ノ鳥島周辺海域で海洋調査活動を展開、四月には中国の外交当局が、
沖ノ鳥島は「島」ではなく「岩」だと主張したことが話題になりました。

 そこで、一つ一つの問題の背景や日本政府の対応についてお開きしたいのですが、と
りわけ中国の国家戦略と関連してお話いただければと思います。
 平松 そうですね、尖閣諸島であれ、沖ノ鳥島であれ、中国がわが国の周辺海域で活
動している問題はそれぞれ個々別々の問題ではなく、中国の海洋戦略の一環として捉え
なければならない問題だということです。
 これまで何度も繰り返し述べてきたことですが、中国は一九七〇年代のはじめから国
家戦略として、一貫して海洋覇権の拡大を推進しています。私は七〇年代半ばから始ま
った南シナ海での中国の海洋調査活動の教訓から、東シナ海でも海洋調査船による資
源調査が始まると予想し、韓洋調査船の次は軍艦が出てきて最後には上陸して占拠し
でしまうと警告してきました。
 残念ながら、わが国の政府もマスコミも国民もほとんど関心を示さなかったことから事
態はほぼその通りに推移していますが、二〇〇〇年に軍艦(海軍情報収集艦)が本州を
一周する事態が起き、ようやくわが国政府・自民党も関心を示し、外務省も重い腰を上げ
た。ところがその結果できたのは、科学目的の調査だと言って事前に通報すれば、それ
がたとえウソでも中国は日本政府の「お墨付き」で海洋調査を行えるという欠陥だらけの
制度(事前通報制度)で、実際これによって中国は堂々と日本側海域で海洋調査活動を
行うようになりました。しかも、事前通告をしないで調査するケースはどんどん増えてい
る。
 さらに二〇〇一年に人ってからは、中国はわが国の南西緒鳥から小笠原諸島島にか
けての広範囲な太平洋海域で、調査活動を開始し、僕が知っている限りでは、沖ノ鳥島
の周辺海域には二年前から来ています。
 いったい何が目的で太平洋まで出てきて御査をしているのかというと、遠くない将来に
現実となるかも知れない台湾統一のための軍事行動に備えてのことです。中国はいざと
いう時この海域に潜水艦を展開するため、必要なデータを収集している。
というのも、この海賊は横須賀にいる米第七艦隊が通るルートにあたり、いよいよという
時には潜水艦を展開して機雷を敷設し、米第七艦隊空母の出勤を阻止しようと目論んで
いるのです。
 七〇年代はじめ、あの国の海軍力というのはまだ取るに足らない貧相なものでした。し
かし、それから三十年余を経て、中国の海軍力は南シナ海を「中国の海」とし、東シナ海
周辺海域に艦隊を常時展開できるところにまで成長し、その海軍力を背景としてわが国
の周辺海域で海底石油探査・開発を行い、ついには太平洋へと進出してきました。中国
海軍の成長は予想を遙かに上回る早さで進行しでいるのです。

非は日本にあり?
  では、個別の問題としてまず尖開上陸事件からお聞きしたいのですが、事実関係
を整理しますと、三月二十四日、中国領有権などを主張する中国人活動家ら七人が、尖
閣諸島の魚釣島に上陸。沖縄県警は活動家らを不法入国で現行犯逮捕し、捜査当局は
送検して刑事手続きを進める方針を固めていました。ところが、二十六日午後になって突
然、強制送還ということになり、七人の活動家は結局、上海に送還されました。
 平松 今回の事件については、どこかの難民が勝手に上陸したかのように非常に矮小
化した形で捉えられているようですが、あの活動家らは尖問緒島周辺海域に侵入して領
海を侵犯したばかりか、魚釣島に上陸してわが国の領土を侵犯したわけで、単なる「不
法入国」であるはずがない。しかも、後で詳しく述べますが、今回の場合はこれまで尖閣
諸島に関して起きた出来事とは異なり、中国政府が昨年から施行している無人島に関す
る「規定」に基づいて魚釣為にやって来た。つまり、中国政府の事実上の「承認」の下に、
わが国の主権・領土が侵犯されたと捉えなければならない重大な問題です。
 ところが、政府やマスコミにはどうもそういう認識が欠けていて、日本政府はこれまでの
弱腰から一転して「毅然として領有権を示した」とか、中国政府は日中関係を大事にしよ
うとしているのに一部の跳ね上がり分子がこんなことをやって困り果てているのだ」―こ
ういったとんでもない解釈をしている。冗談ではない。中国政府は今度の尖闇上陸に非
があるとは全然思っていないし、むしろ日本側に非があるとさえ言っているんですよ。
 中国外交部が三月二十五日午後、原田という日本の駐中国臨時代理大便を呼んで厳
重に抗議し、活動家の安全確保と即時無条件での釈放を要求したことは、日本のマスコ
ミも報道しましたが、その内容を人民日報二一二月二十六日付)に基づいて正確に押さ
えておくと、中国外交部は尖閥諸島は「中国の領土」であるということを言った上で、その
 「領土」に上陸した中国の「公民」を不法に拘束したのは、中国公民の人権に対する厳
重な侵犯であり、彼らの人格の尊厳と権利に対していかなる障害も与えるような行為を
取らないことを我々は日本に要求する、と言っている。
 注意しなければならないのは、中国はここで「人民」ではなく「公民」という言葉を使って
いることです。公民というのは、中国の人民の中でも、「反人民」活動を行って法律上国
民としての権限を剥藷された人間は除外されていて、一般的に「人民」と言う場合とは明
確に峻別されているのです。つまり、中国政府はここで、恵法で保障された正当な権利を
有するまっとうな人間を日本が不法に拘束したのはけしからん、と言っているのです。

 − 活動家らが上陸したのは正しいということを、「公民」という言葉に含ませているわ
けですね。
 平松 そういうことです。
 日本政府が中国側がそういう認識だということを分かっで対処したのか、分からずに対
処したのか、そこは明らかではないけれども、当初は捜査当局が送検の方針を固めてい
たにもかかわらず、最終的には強制送達ということになった。小泉首相が「日中関係に
悪影響を与えないよう大局的に判断しなければいけないとして関係部者に拷示した」結
果だという……。

  尖闇上陸は中国政府の「お墨付き」

 平松 けれども、「日中関係に悪影響を与えないよう」に配慮しているのは日本側だけ
で、中国政府はそんな配慮は一切していません。むしろ最初に言いましたように、中国政
府は活動家らの尖問上陸に「お墨付き」を与え、その「お墨付き」の下で中国人活動家ら
は尖問に上陸した。
 「お墨付き」とは「無人島の保護と利用に関する管理規定」を指しますが、まずこの規定
が出てきた軽緯を簡単に鋭明しておきましょう。
 中国は七〇年代から九〇年代にかけて、黄海、東シナ弾、南シナ海の三つの海域で一
貫して海洋調査をやってきました。それが一応完了したということを二〇〇〇年十二月の
段階で海軍が公表しているけれども、それを受けて今度は国家海洋局がこの三つの海
域を本格的に開発して利用するという方針を打ち出し、無人島の管理もきちんと行うとい
うことになった。
 ちなみに、この三つの海域の面積は約三百方平方キロメートル。日本の国土両横(釣
三十八方平方キロメートル)の七倍を超える広さになります。中国はこれらの海域を「歴
史的水城」として「オレのものだ」と言っている。むろん、全部が全部「中国の海」になって
いるわけではないけれども、七〇年代以来着々と支配権を固めてきたことは事実です。 
そしてこの「中国の海」には、七千近くの島嶼があり、そのうち有人の鳥が四百三十三
で、残りの六千五百二十八が無人島だとされています。ところが、海洋資源の開発・利用
が進むとともに、管理者のいない無人島に民間人が勝手に進出してきて困ったことがた
くさん起こってきた。島を勝手に爆破して石材を切り出したり、植物の乱伐、動物の乱獲
を行って島の生態系が変わったり、周辺海戒の汚染が津刻になったというような事態が
発生している。
 それを受けて中国政府は無人島の秩序の乱れは「主権と管轄海域の喪失に繋がる」と
いう危機感を持つようになった。これは島が、領海、排他的経済水城、大陸棚の線引きを
するための基点であり、重要で大事にしなければならないという理由です。
 こういう溌れの中で、二〇〇一年八月に沿海の関係官庁に対して通達(「無人島および
周辺海域の保護と管理に関する具体的な実施意見」)が出され、二年の準備期問を経
て、「無人島の保護と利用に関する管理規定」が施行されたというわけです。
 では、この「管理規定」に何が書かれているかというと、要するに無人島は国有地であ
ると。従って、民間が使うのであれば開放すると。有償無償の別は分からないけれども、
国家海洋局に申護すれば最長五十年間許可を与えるということで、民間に開放されたの
です。
 そうしたら、四つの団体から尖問諸島を借りたいという申し出があった。しかもその日
的は、無人島の開発・利用ではなく、中国の主権を世界に宣言することにあるという。ち
なみに、「海上で魚釣島を守る活動」のスポークスマンを務めたことがある燭文博という
人物は、「法規の発表は理性的に魚釣島を守る上で法理的根拠を与えるもので、魚釣島
を守る活動がより現実的となるだろう」と述べています。
 そして、中国政府はこういった目的で申請されたことをきちんと承知している(国家海洋
局の王忠・海域管理局資源管理処長「海洋局はこうした申清を受理しており、正常な手
続きにしたがって処理している」)。にもかかわらず、活動家らは中国の港を堂々と出港し
た。

  −  何の歯止めもなかったと。
 平松 ええ。仮に中国政府が小泉首相と同様に、これらの団体が本当に尖閣に行った
ら日中関係に響くと判断していたならば、当然ストップをかけたはずです。
 今度魚釣為に上陸した活動家らが、申請を出した四団体のメンバーかどうかは現段階
では不明だけれども、先程も言ったように中国政府はわが公民を逮捕したのは不当だ、
きちんと扱わなかったら承知しないぞ、と日本政府に脅しをかけてきた。そういうことを考
えでみたら、中国政府の「お墨付き」で尖閣にやってきたと言わざるを得ない。

歴史」を根拠にすればアジアは全部中国に?

  ―  にもかかわらず、日本政府は強制送還で幕引きを図ったわけですね。ところが、
五月七日、尖閣諸島沖の排他的経済水域に再び中国の海洋調査船が現れました。海
上保安庁は再三中止警告を行っていますが、中国側はこれを無視して活動を続けていま
す。
 平松 当たり前です。日本政府が本当に領土を侵犯されたと認護しているならば、七
人の活動家らをきちんと取開ぺ、場合によっては裁判にかけるとか牢屋にぶち込むなど
然るべき措置を取り、中国政府に対しても厳重に抗議するはずです。そういうことを何も
しないまま強制遠遠した。と言うより、丁重にお返ししたのだから、向こうとしては、こちら
が尖問に関する中国の領有権を事実上認めたというふうに受け取っているとも考えられ
る。
 そもそも、尖閣諸島の領有権に関するわが国と中国との紛争は、−九六八年に国連機
関(ECAFE)が同諸島がある東シナ海大陸棚に石油資源が埋蔵されている可能性があ
ると公表したのがきっかけです。それまで領有権を主張したことのなかりた中国は、一九
七〇年十二月に突然尖閣諸島の領有権を主張し始め、以来今日に至るまで、五回ほど
大きな紛争がわが国と中国との間で起きています。
 しかしながら、わが国の歴代政権はその都度、日中間に「領土問題は存在しない」との
立場に立つて真剣に対処しなかった。はつきり言えば、「日中友好」を第一に問題を先送
りするだけだつた。逆に、中国側は問題が起きるたびに強い態度でわが国に対峙し、一
九九六年七月にわが国の政治団体が尖閣諸島北小島に灯台を建てた時は、日本政府
に対し「不法な活動をやめさせよ」と要求しました。日本政府が「友好第一を唱えている
間に、日中の立場は完全に逆転してしまったのです。さらに、今回に至つては初めから
ハッキリと「釣魚島は昔からの中国領土である」と主張し、島の周辺は中国の領海であ
り、排他的経済水域なのだからそこに自国民が行って何が悪いか、許可なんか必要ない
だろう、とより威圧的な物言いになってきている。
 むろん、尖閣諸島は国際法上疑う余地のないわが国の領土であって、中国の主張には
何の正当性もありません。中国側は中国の歴史文献に釣魚島が出てくる等々を根拠に
「歴史的にオレのものだ」と主張しているに過ぎない。国際法上正当な裏付けがあるわけ
ではないのです。
 ただし、こういう論理で中国が支配地域を拡大してきたのは事実で、そのことはきちんと
知つておかねばならないと思います。例えば、南シナ海の支配権を固める上で、中国は
軍事基地を造ることの他に、考古学者を送りこんで発掘調査を行いました。かつてソ連も
中央アジアやシベリアに考古学者を送り込んで次々と他国の領土を掠め取ったものです
が、歴史的に中華秩序に組み込まれていたアジアでそれを行えば当然、漢の時代の鏡
とか、唐の時代の陶器といつた遺物が出てくる。宋銭などのおカネはいくらでも出できま
す(笑)。それを根拠に「昔から中国人が住んでいたのだから、ここはオレのものだ」とい
うことで、支配権を固めて行つたのです。
 − そんな論理に従えば、アジアの国はみんな中国の領土になつてしまいます。
 平松 その通りです。ベトナムにしても、マレーシアやシンガポールにしても、アジアの
国々が独立国家となったのは半世紀にも満たない場含が多い。それらの国が中国の論
理に従えば、何の権利も主張できなくなってしまう。ですから、中国に対しては、近代社会
というのは国際法で成り立つているのだから、国際法に則して決めましょうと言うべきで
す。でなければ、中国はやがて尖閣諸島にも考古学者を送り込んで、「明の時代の茶碗
が出てきた。ここはオレのものだ」と言いだしかねない。

沖ノ鳥島へのクレーム

 ― 一方、中国は、沖ノ鳥島が「島」ではなく「岩」だと言い出しました。これをどのように
捉えればよいのでしょうか。
平松 今年に人つて中図は沖ノ鳥島北方海綾などで何まか事前通告なしに海洋調査を
行ってきました。これを受けて四月二十二日、わが国政府は北京で中国政府と協議した
のですが、その際中国側は「日本側と見解の相違がある水域」としで尖閣護島と沖ノ鹿
島をあげ、沖ノ鳥島が日本の領土であることは認めでいるものの、国連海洋法条約が規
定する「島」ではなく、排他的経済水域を設定できない「岩」であるとの認織を示しました。
 話を進める前に「島」と「岩」との適いを説明しておきますと、「島」というのは、要するに
満潮の時も海面に露出している陸地のこと(国連海洋法条約第百二十一条一項「島と
は、自然に形成された陸地であって、水に国まれ、高潮時においても水面上にあるもの
をいう」)で、領海十二海里を主張でさます。
 一方、国連海洋法条約には一般的に言う「岩」という言葉はなくで、「低潮高地」と呼ん
でいる。要するに満潮の時には海面下に没してしまうものを指すのですが、この低湖高
地は領土として認められないため、領海はもちろん、排他的経済水域(および大陸棚)を
設定することはできないのです。
 沖ノ鳥島は三畳から四畳半あるかないかという程度の小さな島とはいえ、この島を中
心に半径二百海里の円を描くと、その面積は約四十方平方キロメートルで、ほぼ日本の
陸地総面積に等しい。また島の海底にはコバルト、マンガンなどのレアメタル(希少金属)
が塊蔵されでいるとみられでいます。
 このように、沖ノ鳥島は非常に貴重なわが国の領土なのですが、二つの岩からなるこ
の島は放っておくと波の浸食作用で年々岩が削られて海面下に没し、わが国の領土でな
くなってしまう。だから、岩が崩れないようにするために、わが国政府は一九八八年から
三年計画で、三百億円近くを投じて岩の周りに渡網しブロックを作り、国際法の枠組みの
中で可能な領土の保全策を講じたのです。
 ところが、今回中国は「人間が居住または独自の経済生活を維持することのできない
岩は排他的経済水域や大陸棚を有しない」(条約第百二十一条三項という規定を援用し
て、沖ノ鳥島周辺海域を日本の排他的経済水域と認めない、だから同島周辺海域での
調査活動に際して日本政府の許可を得る必要はないという立場を表明したのです。

 ― 尖閣の問題では中国は国際法を無視して「歴史」を拠り所にしていますが、この問
題では国際法を拠り所に仕掛けてきたわけですね。
 平松 われわれから見れば御都合主義もいいところですが、中国は物凄くいい加減な
面としたたかな面とを併せ持つ国です。しかも、この主張にわが国が明確に反論できる
かどうかは心許ないところがある。
 条約に照らして沖ノ鳥島の現状を考えると、第一の条件は人間が住んでいないから当
然ダメです。問題なのは永続的な経済生活を営んでいるかどうかということになるけれど
も、実はこれははっきりしていない。僕が知っている限りでは、今から十年ぐらい前に、熱
帯地方で海底油田を掘削する時に使う新素材の実験を沖ノ鳥島でやるというニュースを
新聞で読んだくらい……。
 永続的な経済活動として汲められるのに一番いいのは、灯台を作ることで、無人灯台を
作ってそれを航路標識として認めてもらえば、世界の海図に載る。そしたらこれは永続的
な経済活動をやっているということがはっきりと認められる。

国益を損ないかねない対応だ
 ―  日本政府はそういうことをやろうとはしないんですか。
 平松 沖ノ鳥島に灯台はありませんから、一刻も早く灯台を造るべきです。
 ただ心配なのは、一九八九年に尖問諸島魚釣島に、ある政治団体が灯台を建ててそ
れを寄贈された石垣市が申請した時、海上保安庁はOKを出したんだけれども、中国の
抗論があって外務省中国課がダメと言った。それで終局認められなかった。一九九六年
には北小島にも灯台が建てられたけれども、これも中国課が待ったをかけた。外交当局
がこんな及び腰ですから、沖ノ鳥島の場合も今のまま放置していたら、中国の言い分が
過ってしまう可能性がある。
 先日中国外交当局がクレームを付けてきたとき、日本政府は「そんなことはない。日本
がこれを主張したときに、どこの国からもクレームが付かなかった」と言ったけれども、ク
レームがつかなかったのは、単に日本がそう言っているのだからその通りなんだろうと各
国が判断しただけです。もし沖ノ鳥島の実態を知るようになれば、「いや、あなたに権利
はないんですよ」と言う可能性が当然出てくる。宣伝に長けた中国が各国にそのような吹
き込みを行うことは十分考えられるし、そうなれば中国になびく国は少なくないでしょう。で
すから、わが国政府はこれを切実な問題として受け止め、一刻も早く然るべき措置を講じ
るぺきなのです。
 実を言えば、中国はかつて、わが国が行った沖ノ鳥島の工事を非常に高く評価したこ
たがあるのです。
 一九八八年三月十一日付『解放軍報』は、沖ノ鳥島の工事に関する記事を掲載し、巨
額の資金を投じて岩礁を保持する方法は過去には考えもつかないことだったが、@科学
技術の進歩が人類の海洋に対する認識を深めた A世界人口の急激な増加、工業の迅
速な発展、物資の消耗の増大により、陸地資源、エネルギーが激減したことを理由に、
「優れた試みである」と評価した。
 なぜ中国がそのような論文を発表したかというと、沖ノ鳥島の例を持ち出すことによっ
て、当時中国が南シナ海の南沙諸島で実施していた人工施設や人工島改造に関する己
の立場を正当化するためです。
 当時中国は南沙諸島のベトナムに近い海域にある六ヶ所の岩礁に、海洋観測所と称
する堀っ立て小屋を建設し、数年後には軍艦島のような永久施設を建設し、さらにそのう
ちの一ケ所を人工島に改造しました。しかし、ベトナム側が伝えるところでは、それらの
岩礁は満潮になると水没してしまう岩だという。だとすると、そんなのは国連海洋法条約
で規定する「島」だとは決して認められるものではない。日本人は非常に正直な民族だか
ら国際法の枠組みの中できちんと工事したけれど、中国は南沙諸島の実効支配を進め
るため、国際法を無視して人工島を造っていったわけです。
 こういう事実を外務省がきちんと踏まえていれば、北京での協議でも「あなた方はかつ
て沖ノ鳥島の工事を認めたことがあるではないか。そのような主張は身勝手だ」と言えた
はずなんだけれども、どうもそういうことを言った形跡はない。この不勉強と無関心が国
益を損なっているということを改めて感じますね。

目的は米軍介入阻止
 ― それにしても中国はなぜこんなことを言い出したのでしょうか。
 平松 もし沖ノ鳥島が「島」ではなく「岩」だということになると、その周辺海域はまるま
るオープンシー(公海)になり、中国の海洋調査船がうろうろしようが、潜水艇がうろうろし
て機雷を敷設しようが、日本から抗議される謂われはないということになる。そうすると、
沖ノ鳥島の北方水域というのは冒頭でお話ししたように米軍七艦隊が出動する時の航
路にあたるし、沖ノ鳥島から南に千キロ行くとグアム島があり、ここにはアメリカの原子力
潜水艦がいます。ということは、中国が台湾に侵攻した場合、中国はこの海域で横須賀
の米第七億隊とグアム島の米原子力潜水艦、この両方の出動を阻止するため自由に行
動できる、ということにもなりかねない。
 日本の軍事関係者の中には、中国の潜水艦の性能は大したことはないと笑う人が少な
くないけれども、中国の潜水艦が一隻二隻この辺をうろうろして機雷を敷設しただけでも
第七艦隊は出て行けない。あるいは実際に展開しなくても、ここにいるよという情報を流
されただけで、足止めさせられる。
 また、この海域で中国の潜水艦が展開したら、アメリカはその前に、中国潜水艦の探索
と機雷の掃海を日本政府・海上自衛隊に対して要求してくるでしょう。しかし、それは日米
ガイドラインの枠を超えている。だから、中国はこう言うでしょう。
 「あなた方は日米ガイドラインの枠を超えて何をやつているのか。しかも、わが国の潜水
艦を探しているとはどういうことか。台湾は中国の内政問題だ。あなた方も分かっている
でしょう」と。そうなつたとき、日本は果たして中国の圧力を押し返せるでしょうか。もし中
国の圧力に屈して第七艦隊が出動できないという事態になれば、今度は「日米同盟は役
に立たない」という話になる。
 そうならないためにも、海上自衛隊は第七艦隊を支援できる対潜能力、機雷戦能力な
どの「攻勢的防御能力」を持たなければならないし、それよりもなによりも、それを実行す
る決意がわが国政府に必要です。台湾はわが国の隣国であり最大の友好国であるばか
りか、わが国のシーレーンの重要な場所に位置します。この問題は決して他人事ではな
いのです。

                                  (平成十六中五月十五日取材。文
責・編集部)

                              初出「明日への選択」平成十六年六月号
/一部修正






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